分厚い雲に覆われた9月13日のパリ。煙るような夜空に雅楽が流れ、強い光で、白地に赤い「日の丸」がエッフェル塔を染め上げていった。
日本を題材にしたエッフェル塔のライトアップは初めて。日仏友好160年「ジャポニスム2018」で、2夜にわたる演出だった。照明デザイナーの母娘の緊張した頰は、点灯の瞬間、大きくゆるんだ。無理もない。この成功は2人にとって特別な意味をもつからだ。
母は英国の専門誌で「世界初の女性照明デザイナー」と紹介された草分け。一方、パリを拠点とする娘は、仏照明デザイナー協会の照明デザイン大賞にも輝いた気鋭だ。それでも当初、鉄骨の「線」で構成されたエッフェル塔に、繊細な絵柄を「面」で映し出す企画には、実現性を危ぶむ人も多かった。
エッフェル塔広報責任者、イザベル・エスヌーさんもその一人。富士、月、桜……。移ろう光はやがて、尾形光琳の「燕子花(かきつばた)図屛風(びょうぶ)」に極まる。「パリの象徴に、実現性の低い計画は許されない。でも3月の部分点灯試験で驚いた。骨組みに、きれいなアイリスが咲いたのよ」
屛風の金色を醸す投光器も、これまでなかった。母娘が相談したのは特殊照明に強いスタンレー電気(東京)。照明応用事業部の望月克也さんは「LEDで白を出す技術の応用で、金色になる蛍光体を研究中でした。タイミングがあった」と言う。
「自らデザインを描き、具現化する技術と共に、その実現性を見極める知識と経験、人脈もあるのが強み」と母。「国産の最新技術で江戸の美を表せば、日本の伝統とハイテクの魅力を同時に発信できるでしょ」
午前1時消灯。祝いのシャンパンを1杯半だけ飲んだ娘は顔を引き締め管制盤に向かった。「精密な機械ほど微妙な齟齬(そご)が生じやすく、理想通りの点灯は難しい」。完璧に見えたショーもわずかなラインのズレや回転する光の遅れがあったという。
「誰も気づかぬ重箱の隅も、つつき抜いて完璧を目指す。その努力を重ねて初めて、昨夜より今夜、今回より次回、より美しい明かりを追求できる」。その言葉に、同じ情熱ではるかな道を切り開いてきた母はうなずき、娘が続ける。「エッフェル塔に、誰もなしえぬほど精緻(せいち)な画像を光で描いた実績は、より難度の高い仕事への強力な名刺代わりになる。どんな企画も、実現する力を信じてもらえなければ始まりませんから」
未明までの調整を終えた翌日は一転、晴天に。その夜のライトアップでは、紺碧(こんぺき)の空に塔がさえざえと白く浮き上がり、燃えるような太陽が、高みへ、より高みへと、ゆっくり昇った。
■1センチのズレが2メートルの…