頭を畳に強く打ち、右目の視力が大きく落ちた。医師の診断は「右外傷性視神経症」。「視力はもう、戻らない。向き合ってやっていく」。柔道の元世界王者が2020年東京五輪をめざし、逆境からはい上がろうとしている。
男子73キロ級の橋本壮市(27)=パーク24=。9月にアゼルバイジャンで開かれた世界選手権準決勝で、地元選手と対戦し、畳に頭を強打した。この試合は勝つには勝ったが、すぐに右目に異変が出た。ほぼ見えない状態で決勝を戦い、強敵の安昌林(アンチャンニム)(韓)に一本負け。17年に続く大会2連覇はならなかった。
帰国後、複数の医師を回ったが、重い事実が突きつけられた。頭に強い衝撃を受けたことで視力や視野の障害が起きる「右外傷性視神経症」の診断だった。裸眼で1・5以上あった右目の視力は0・1以下へ。手術やコンタクトレンズなどを使った矯正も、今のところは難しいという。
左右の視力の違いから当初は疲れが抜けず、朝から体がだるい日々が続いた。「けっこう苦労しました」。世界選手権の前から痛めていた右肩の負傷もあって、出場予定だった11月のグランドスラム(GS)大阪を欠場した。
東京五輪の代表争いに影響する大事な国際大会だったが、心身の回復を優先した。「色々な人に相談に乗ってもらって、自分の中でも整理できた。もう右目も慣れました」
同じ階級でリオデジャネイロ五輪金メダリストの大野将平(26)=旭化成=は今秋のアジア大会で優勝し、橋本が欠場したGS大阪も制覇した。同学年の強力なライバルが順調に力を示している。「大野は大野」とマイペースを強調する橋本だが、男子73キロ級は男子で最もレベルが高い激戦区だ。まずは来年の世界選手権(東京)で代表になるために、一つひとつの大会が勝負になる。
12日、橋本は今年最後の試合となるワールドマスターズ(中国・広州)へ向けて日本を発った。日本代表の井上康生・男子監督は「もう一度、世界のトップだと証明するような試合をしてほしい」と期待する。
あの日以来、約3カ月ぶりの実戦。「しっかり準備できた。期待していてください」。奮闘を誓った顔に、もう悲壮感はない。(波戸健一)