しつけと称する体罰が、また幼い命を追い詰めました。千葉県野田市の小学4年の女児が自宅マンションで死亡した事件。傷害容疑で逮捕された父親は、「しつけのためにたたいた」と供述しているそうです。なぜ悲劇が繰り返されるのか。どうしたら体罰をなくせるのか。アンケートの声や専門家の話に耳を傾け、みなさんと考えます。(聞き手・山下知子)
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法整備と啓発で大幅減 かつて容認多数 スウェーデンでは
北欧のスウェーデンは、体罰を大幅に減らしました。どんな取り組みをしたのでしょうか。子ども支援専門の国際NGOセーブ・ザ・チルドレンで虐待予防を担当する西崎萌さん(31)に聞きました。
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紙パックに情報
スウェーデンでは1960年代、6割近くの親が体罰を容認し、9割以上の親は実際に体罰をしていました。少しずつ体罰を否定する声が出る中、78年に「長くつ下のピッピ」で有名な作家リンドグレーンが、ドイツ書籍協会平和賞授賞式で「子どものしつけに暴力は不要」と強く訴えました。翌年、スウェーデンは子どもへのあらゆる体罰と心理的虐待を禁止する親子法改正を行い、政府主導で啓発キャンペーンを始めました。
キャンペーンでユニークだったのは、全ての牛乳パックに「暴力を使わない育児法に関する情報」を印刷したこと。生活のなかで、常に目に触れるものに入れたのです。
体罰をする親は、70年代の50%から、80年代は30%強、90年代は20%と下がり、2010年代には約10%となりました。
国際組織「子どもに対するあらゆる体罰を終わらせるグローバル・イニシアティブ」の報告書によると、11年には92%の親が子どもをたたくことは間違っていると考え、過去1年にたたいた経験がある親は3%でした。また、「自分が育った方法で育てたいか」という質問項目では、00年代以降、「(自分が育った方法で)育てたい」という回答が増えています。
禁止法54カ国に
あらゆる場面で子どもへの体罰を禁止する法律は現在、54カ国にあります。日本にも、こうした法整備と施行に伴うキャンペーンが必要だと考えます。
ドイツの研究者ら3人がヨーロッパ5カ国を比較調査したところ、「法整備+キャンペーン」が体罰をなくすのに最も効果があり、次が「法整備のみ」で、日本のように「法律がなく、啓発だけ」は最も効果がありませんでした。
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが17年、2万人の大人に行った調査では、体罰容認が約6割に上り、子育て中の1030人のうち7割が「しつけ」としてたたいた経験がありました。以前のスウェーデンと同じような状況です。
日本も変われる
暴力なしに子どもと向き合う方策も色々とあります。セーブ・ザ・チルドレンでも、たたかない、怒鳴らない子育てのためのプログラム「ポジティブ・ディシプリン」を作っています。「前向きなしつけ」を意味します。心がける点は、①どんな大人になってほしいか長期的な考えを持つ②自分で課題を解決できるよう温かさを与え、枠組みを示す③子どもの感じ方や考え方を理解する――などです。
スウェーデンが私たちに教えてくれることは「変わることができる」ということです。日本も変わりましょう。
体罰はしつけではない エンパワメント・センター主宰 森田ゆりさん
なぜ子どもに手を上げてしまうのか。「しつけと体罰」「虐待・親にもケアを」の著書があり、虐待防止研修などを行う「エンパワメント・センター」(大阪府高槻市)を主宰する森田ゆりさんに聞きました。
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答えははっきりしています。それは「体罰は、時に必要」という考えが社会にあるからです。この考えに、親のストレスと孤立が加わると虐待につながる、と捉えています。「体罰は不必要だ」と社会全体が知るためには、包括的な法整備が欠かせません。しかし、家庭への過度な介入、相互監視にならないような設計は必要です。
そもそも体罰とは何でしょう。「恐怖心で子どもの言動をコントロールすること」だと考えています。それは、しつけではありません。「しつけ糸」という言葉がありますが、本縫いの縫い目が曲がらないようにする糸です。しつけも、親が大まかな枠組みで子どもをガイドすることで、恐怖心によって細かくコントロールするのとは異なります。
体罰の問題性を六つにまとめると、①大人の感情のはけ口であることが多い②痛みと恐怖心で子どもの言動をコントロールする③他のしつけ方法を考えなくなる④エスカレートする⑤見ている他の子どもにも心理的ダメージを与える⑥取り返しのつかない事故を引き起こすことがある――になります。子どもの発達に害を与えるものでしかありません。
体罰に代わるしつけの方法を知ると、子育てはぐっと楽になります。例えば、子どもの気持ちに共感する言葉がけをすると、気持ちを受け止めてもらった子は驚くほど穏やかになります。
それでも、かっとなって手をあげてしまう人がいるでしょう。虐待をした親の回復を促す「MY TREE ペアレンツ・プログラム」を18年間実施してきて、瞑想(めいそう)の効果は大きいと考えます。深い呼吸を1分でいいから毎日してみてください。いざという時、手をあげそうな自分を客観視できるようになります。
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朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。
●「子供が大人(親・指導者)の所有物ではないことを、もっと理解する必要があるのでは。子供も1人の人間として大切な権利を持っていることを、当の子供も小さなうちから学んでほしい。子供同士でもお互いに大切な存在であることを知れば、いじめの撲滅は無理でも、何らかのブレーキになったり、傍観者を減らしたりすることは出来るかもしれず、こうした人権意識が高まれば、必然的に体罰を許すべきではないという方向へいくと思う。理想論ではあるが、一人一人が理想をもって前を向いていかない限り、何も進まない問題だと思う」(静岡県・40代女性)
●「体罰とは、しょせんは『弱いものいじめ』であるという考えを、社会全体が受け入れる必要があると思います。日本には『弱いものいじめ』を美化する文化があります。『愛のムチ』などという考えがそうです。実際に殴られた人が、殴られたことを感謝などして、しかもそれが美談になったりします。たくさんのメディアが今もそういった報道を行っています。特にスポーツ番組によくあります。スポーツ選手について、その選手の逆境に対する忍耐力と、監督やコーチの『愛のムチ』を『感謝』する態度とを、一緒にしてはいけません。厳しい指導と、暴力とは、全く別のものです。本当に指導力のある人は、暴力によって権力を保持する必要はありません」(海外・50代男性)
●「ノルウェーに24年住んでいますが、日本ではいまだに体罰が許されているとは、ショックです。体罰と暴力は表裏一体であり、誰に対しても手をあげるということは許されないことだということを自治体から教えるべきです。ノルウェーでは親の暴力のために子どもが親から引き離されることはよくありますが、残念ながら外国では誤解されていて、児童保護委員会が非難を浴びることがあります。体罰を含む全ての暴力が法律で禁止され、人々もそれについての教育を受けなければ、女性や子ども、その他の弱者への暴力は無くならないでしょう」(海外・50代女性)
●「ただ法整備、教育をするだけで昔から根付くこの問題が解決するとは思いません。ストレスを解消しにくい立場にいる先生や親などがストレスなどを抱え込みにくくする環境も大切だと思います」(千葉県・10代女性)
●「体罰によってどのような悪影響が子供に起こるのか、具体的な事例を挙げて周知させる。子供が生まれる前の妊娠中にこのような学びの機会を設けるのがよいと思われる。(特に女性は自分自身の体の変化も併せて心配事が増えるので、学びの機会を求めている人が多い。出産後も学ぶ機会は必要だが、産後ノイローゼ気味になったり体の不調が続いたりする場合もあり、母親も父親もともに落ち着いて学ぶ機会は妊娠中がのぞましい。)」(京都府・30代女性)
●「『体罰』という言葉はいい加減やめませんか? 正しくは『暴行』です。体罰という言葉ではあくまでも『罰』であるとの印象があります。私もしつけと称して両親からたたかれたり暴言がありました。子供にとって最初に触れる大人が親で、親の言うことは正しいと刷り込まれ命を守るためにもそれを信じて生きていきます。しかしたたかれるのでは?怒鳴られるのでは?とビクビクしていたことしか覚えていません。そもそも目上や親は正しい存在・敬うべき存在と思われますが、そんなことは強制されなくてもそれに匹敵する人であれば自然と尊敬し敬います。それが出来ない人がしつけや指導という名のもとに服従させる手段が体罰(暴行)です。子供でも1人の人間です」(東京都・50代女性)
●「家庭での体罰をなくすためには、体罰の代わりになる方法を生み出せばよい。私は子どもに対して『こちょこちょの刑』といって、くすぐることによってしつけをした。笑いのうちに言うことをきかせることができるはずだ。スポーツ活動では、指導者が体罰がいけないことだという認識をきちんと持つことであり、親たちが体罰を許さないという姿勢を明確にすることが必要だと思う」(静岡県・60代男性)
●「子どもにも嫌だったら逃げなさいと教える」(栃木県・50代女性)
●「スポーツ活動では、指導者への講習会やライセンス制度を設けて指導スキルの向上と意識改革を行う。家庭の暴力は、周囲には非常に認識されにくく発見されたとしても対応が難しい。親子参加型のイベントや催しを行政で義務付ける等、地域全体での監視やケアが必要。学校にはこれ以上負担はかけられない」(青森県・40代男性)
●「子どもと特別機関(子ども相談窓口など)の連携。体罰があった事実を子どもがすぐに信用できる大人に話せることが大切だと思う。昔とは違って今の時代、学校内で体罰など隠蔽(いんぺい)はできなくなったとは思う。被害者である子どもが包み隠さず、SOSの声を上げて行くことが大切。これから時代を背負ってゆく子どもたちを守るべき大人なのに、その大人の中に子どもを傷つける人種が存在することにいら立ちを感じる」(富山県・40代女性)
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