杉本昌隆七段の「棋道愛楽」
名人への道 藤井聡太
杉本昌隆七段の棋道愛楽
棋士の対局時の服装は、節度を守ればある程度は自由です。修行僧のように作務衣で対局された棋士もいますし、夏場はノーネクタイでも構いません。一般的にはスーツで指しますが、ときには和服に身を包むこともあります。
対局はほとんどの場合、畳の部屋で指します。朝日杯将棋オープン戦の公開対局のように、テーブル席で椅子に座って指すこともあります。
スーツと着物では、どちらが指しやすい? 私の場合ですが、対局場に着くまではスーツ、対局中は和服でしょうか。
スーツは何といっても朝の移動が楽なのが良いところ。通勤電車内でも、コンビニで買い物をしていても、決して目立ちません。これが和服だと人目を引き過ぎてちょっと……という気がします。
和服は下半身の締め付けがないので慣れるとかなり楽です。ちなみに、私たち棋士は正座をするのでスーツのひざの部分にもこだわります。私は購入する際、試着室で正座をして座り心地を試します。
2月5日の名人戦順位戦C級1組の対局。勝てば昇級。さらに、弟子の藤井聡太七段の昇級マジックも減らせるという大一番でした。私は17年ぶりに和服で対局に挑みました。
和服の対局は特別感があります。非日常(和服)の中に、日常(対局)がある感覚でしょうか。やることはいつもと同じでも、よりいっそうの気合が入るものです。
ただ実際のところは、タイトル戦に出場しなければ和服を着る機会はさほどありません。なので、若い棋士は持っていない人のほうが多いでしょう。
棋士になったお祝いに後援会のファンに和服を作ってもらった、というケースはよく聞きますが、着る機会がほとんどなくタンスの奥にしまいっぱなし……というのもよくある話です。かくいう私も、和服を着ての対局は数えられるぐらいです。
なお、藤井七段には、私から和服をプレゼントすると公言していますが、もろもろの事情でまだ実現できていません。
5日の順位戦では、私も藤井七段も負けてしまいました。敗戦後の誰もいなくなった対局室の片隅で、和服をたたんで着替えるのは正直つらいものがありました。
2人とも疲労困憊(こんぱい)。「さすがに今日は夜食はやめとく?」「いえ、大丈夫です」。こんなやりとりをして藤井七段と関係者の4人でラーメンを食べに行きました。
真夜中に将棋会館に戻った後も何となく寝つけず、同じC級1組の他の棋士の棋譜をパソコンでチェックします。藤井七段も付き合ってくれて、ずっと画面を見ていました。
負けた将棋が頭にちらつき、お互い、心ここにあらず、なのかも知れません。でも、これも棋士の日常。結局、解散は深夜3時半でした。
順位戦は3月に1局を残すのみ。師弟で同時昇級できる可能性もまだあります。ともに全力を尽くしたいものです。
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すぎもと・まさたか 1968年、名古屋市生まれ。90年に四段に昇段し、2006年に七段。01年、第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。藤井聡太七段の師匠でもある。