2016~17年、キューバの首都ハバナにある米大使館の外交官らが、相次いで聴覚障害や頭痛などを訴えた。それらの体調不良は「自宅やホテルで妙な音を聴いた後に起きた」といい、何らかの「音響攻撃が仕掛けられたのではないか」との臆測が流れた。
米大使館員、マイクロ波攻撃受けた? 21人が聴覚障害
AP通信は、外交官が家で録音したという音を公開したが、その原因はわからなかった。「何らかのマイクロ波攻撃によって生じた」、「盗聴器の異常で発生した」など、様々な説が流れた。米政府は職員の半数以上を帰国させるなど、外交問題にも発展した。
だが、事態は意外な方向に進み始めた。
今年1月、米カリフォルニア大学バークリー校などの研究チームは、この謎について「AP通信が報じた音は、ある種のコオロギの鳴き声に酷似している」という論文を発表した。
論文によると、チームは、7キロヘルツという高めの音と、その持続時間を手がかりに、昆虫の鳴き声を集めたデータベースから、よく似た特徴を持つコオロギを特定した。
さらに野外で収録されたコオロギの音を室内のスピーカーで再生。部屋の反響の効果で変化した波形は、AP通信が報じた音の波形とそっくりになった。
このコオロギは「Anurogryllus celerinictus」という名で、キューバを含むカリブ海周辺に生息しているという。
問題発覚当初から、「コオロギでは?」という指摘もあったそうだが、わからずじまいだった。昆虫の鳴き声に詳しい森林総合研究所の高梨琢磨主任研究員は「かなり詳しく調べており、確度は高い」と話す。
論文は、音源について示唆しているだけで、これが攻撃であったとか、聴覚障害と関係するなどとは一切言っていない。「誰かがコオロギを意図的に置いたのでは」とか「私たちもコオロギの声を聴いて変なことにならないか」など、謎は深まった感もある。
チームが「酷似している」としたコオロギの鳴き声(
https://entnemdept.ifas.ufl.edu/walker/Buzz/492a.htm
)を聞くと、国内に生息するエンマコオロギの鳴き声とはかなり違っていて「攻撃的」と言えなくもない。
でもご安心を。このコオロギは日本にいない。私たちの長年の習慣を変える必要は、取りあえずなさそうである。
論文は(
https://www.biorxiv.org/content/biorxiv/early/2019/01/04/510834.full.pdf
)で読むことができる。(勝田敏彦)