熊本地震から3年、仮住まいから新しい住居に移る被災者も増えてきた。ただ、「生活再建」を終えたとみなされる仮設住宅からの退去者の中には、継続的な支援や見守りが欠かせない多くの高齢者がいることが、支援団体の調査で明らかになった。
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「寂しかです。誰も話す相手がおらんですから」
大きな被害を受けた熊本県益城町西部の砥川地区。昨秋に新築した一軒家の居間で、男性(83)は涙を浮かべた。広々とした床にテーブル、ソファなど最低限の家具が並ぶ。日中はテレビなどを見て過ごす。
同い年の妻と暮らしていた自宅は全壊。車中泊や避難所暮らしの後、数十メートル先の空き家を「みなし仮設」として借りながら、自宅の再建をめざした。離れて暮らす子どもたちが遊びに来やすいようにと、ふたりで話し合い、間取りは3LDKに。妻は工事中の現場で建設業者におやつを差し入れ、我が家での安定した暮らしを心待ちにしていた。
完成が半年後に迫っていた昨年3月のある朝、妻は「水が飲みたい、力が入らん」とつぶやき、そのままくも膜下出血で急逝した。「車中泊に慣れないみなし仮設。転々として疲れがたまっていた。地震がなければ……」と悔やむ。
男性も持病を抱え通院している。「やっと我が家ができたのに、ひとりになってしまった。この先もずっとこんな生活が続くのか」
益城町社会福祉協議会からみなし仮設入居者支援を委託されている一般社団法人「minori(みのり)」は、こうした現状を懸念し、退去した被災者のもとにも足を運んできた。
「困っていることはないですか」「この前来た時は薬をたくさん飲んでたけど、最近はどうですか」
2人1組で県内を巡回。在宅の場合はなるべく家に上がらせてもらい、対面で目を合わせて話をする。
妻を亡くした男性のもとには現在、被災前に近所に住んでいたおいの山本隆さん(65)と妻の奈穂美さん(59)も週に数回訪れている。集落の公民館の鍵の管理者も務め、公民館で月に1度開かれる高齢者の集まりに男性を誘い、体操やゲームを通して地域の人と交流してもらっている。
ただ、山本さん夫婦も地震で家を失い、仮設住宅で暮らす。「地域に誰が戻っていて、誰が困っているのかわからない。孤立する人がいないかを、全部把握する余裕はない」(池上桃子)
■退去後の継続的な見守り…