米下院で大統領貿易促進権限(TPA)法案が成立するか大詰めを迎えている。米民主党下院議員のローザ・デローロ氏とルイーズ・スローター氏は連名で、TPA法案を成立させるための条件について「Nikkei Asian Review(NAR)」に寄稿した。
環太平洋経済連携協定(TPP)の妥結に向けて米下院で審議中のTPA法案を巡り、過去の自由貿易協定では最も熱心な推進派だった議員の多くがTPPに為替条項を盛り込むよう求めている。共和党、民主党を問わず「なければTPPにもTPAにも賛成できない」というのだ。
驚くべきことではない。3年前にも上下院の大多数の議員がこうした条項をTPPに含めるようオバマ大統領に文書を送っている。
過去の貿易協定を支持してきた著名な経済学者も同様だ。リベラル派のノーベル経済学賞のポール・クルーグマン氏、保守派のアーサー・ラッファー氏、バイデン副大統領の経済顧問を務めたジャレッド・バーンスタイン氏のいずれも、為替操作の抑止策なしには、TPPは米国経済に打撃となるという認識で一致する。
懸念の核心は日本だ。対日貿易赤字は2013年、783億ドルに達し、米国の国内総生産(GDP)を0.75%近く押し下げた。最大の要因は円安で、全ての下院選挙区ごとに89万6600人分の雇用が失われたという調査報告も出た。
現在の日本政府の為替政策は、下院が求める為替条項に照らしても為替操作には当たらない。それでも将来、日本市場へアクセスできるようになった際の利益が円安介入で帳消しにされないための保証は不可欠というのが議会の見方だ。
両党の下院議員は交渉過程の透明性をもっと高めるべきだという意見でも一致する。過去の協定では、議員は交渉開始時から草案を確認できた。しかし、6年以上に及ぶTPP交渉で、全議員が草案を確認できるようになったのはここ数週間のこと。為替条項が含まれてないことが分かると、TPP、TPA両方への反対が広がった。
議院内閣制の国家とは異なり、米国は大統領と議会の双方が大きな権限を持つが、TPA法案が成立すれば、下院の権限は大統領に委ねられる。大統領は下院の承認前に協定に署名することができ、90日以内に下院が追認するか採決する。内容の修正はできない。
ただ、1988年以降、強大なTPAを議会に認めさせることができたのはレーガン、ブッシュ(息子)の2大統領だけだ。クリントン政権は失敗し、ブッシュ政権で僅差で可決された際も、支持を集めるのには2年の歳月がかかった。
TPAの問題を抜きにしても、TPP交渉の極端な不透明さに下院の懸念は強い。企業の側に立つ500人の貿易アドバイザーが交渉の当事者や内容に重大なな影響力を持つためだ。
そんな中、内部告発サイトのウィキリークスにTPPの内容が流出。物議をかもす投資家・政府間の紛争解決の仕組みが明らかになった。TPP条項違反の政策で投資家が利益を失ったとして、外国企業が地元裁判所に政府補償を求めて提訴できるというもので、保革両陣営から問題視する声が上がっている。
しかし、TPA法案のプロセスに対する懸念がTPAそのものの反対意見にまで盛り上がったのは、為替操作の禁止を盛り込むべきだとする議会の意見を政府が軽視してしまったことがやはり大きい。
為替条項なしにTPPが下院を通ることはない。今やワシントンの焦点は、為替条項を盛り込むかどうかではなく、どう盛り込むかという段階になった。
韓国との自由貿易協定の二の舞いは誰も望んでいない。2007年、最終年のブッシュ政権は議会を無視して協定に署名したが、10年にオバマ大統領が交渉を再開して農業と自動車分野で韓国の妥協を引き出すまで批准することはできなかった。
今回のTPP交渉では初めの段階から過たずに進めるべきだ。
(ローザ・デローロ氏=米民主党下院議員、ルイーズ・スローター氏=同)