1年前に各地の書店などを出発し、人から人へと旅をした文庫本サイズの手帳が、企画した出版社に戻り始めている。熊本の書店を出発した1冊は愛知を経て戻り、被災した書店員らを喜ばせ、東京を出発した1冊はドイツから戻ってきた。それぞれが世界に一冊だけの文庫だ。
筑摩書房(東京都)のちくま文庫30周年を記念した企画。昨年4月、文庫のロゴである月をあしらった全320ページの「旅する月のノオト」を30冊用意。一人1ページずつ好きなことを書いてリレー方式で次の人に渡してもらうルールで、知らない人に手渡してもいい。全国各地の書店や歌人の穂村弘さん、詩人の最果タヒさんら30地点から出発した。
スターターの一人、東京・下北沢の書店員でイラストレーターの長谷川朗さん(34)は、月をかたどったコラージュに「黄色の月がいないことに気付いた。どこにいったんだろう」と物語風に書き添えた。すると続く人たちも月をモチーフに絵や文章を描き込んだ。
最終走者は「ベルリンの月の下から送ります」と手紙を添えて出版社に返送した只松靖浩さん(39)。住んでいた福岡市で友人から託され、文房具店を開くため夫婦でドイツに渡った。「月に腰かけて僕はいま太陽に手紙を書いている。速達で出すから明日には届くだろう」という詩で締めくくり、絵本のようなつくりになった。