中央競馬の藤田菜七子騎手=長島一浩撮影
■JRA騎手・藤田菜七子さん
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甲子園への切符をかけた熱い夏が、いよいよ始まる。今春、日本中央競馬会(JRA)競馬学校を卒業し、16年ぶりの女性騎手としてデビューした藤田菜七子さん(18)。一瞬の判断が勝敗を分ける世界に身を置く、同世代のアスリートだ。自身の経験を振り返りながら、球児にメッセージを送ってもらった。
3月にプロ野球オープン戦の始球式に出た時は競馬のレースよりも緊張しました。友達にコツを聞いて、厩舎(きゅうしゃ)の前で練習しました。でも、投げるのは思ったよりも難しくて、思い通りにはいきませんでした。ボールは大きく、ずっしりとしていて。マウンドからキャッチャーの距離は遠かった。野球は詳しくないけど、私は球技が苦手なので、野球部の人が一つのボールを本気で追いかける姿はかっこいい。すごいなぁって、思います。
私は今年3月にJRAで騎手デビューしました。4月10日の福島競馬場で初勝利をあげることができました。いつやむかというくらい、ファンの歓声が続いて……。思わず涙がこみ上げてしまいました。この春一緒にデビューした競馬学校の同期たちが先に勝っていたので、負けたくない気持ちもありました。
小学6年の時、偶然、テレビでみた競馬に魅了されました。中学2年からは週5回、乗馬教室にも通い、騎手になることだけを夢見てきました。
難関の競馬学校に入学できましたが、辞めようと思ったこともあります。うまく乗れなくて、私にはむいてないのかなって。朝も早く、普段は午前5時半、夏場は午前4時に起床でした。厩舎の掃除や馬のエサやりなど、1人で2頭の世話をするので、かなりハードでした。
一番きつかったのは体力トレーニング。学校の同期は私を除くと全員、男性です。体育館の天井からぶら下がる綱を手の力だけを頼りに登りました。軟らかいマットの上を何回も何回も馬跳びしたことも。固い地面を跳ぶより体力を使うんですよね。体力面でも乗馬の技術面でも、思い通りにならず、落ち込んだことは一度や二度ではありません。そんな時、両親から言われた「自分で決めたことだから、最後までやりなさい」という言葉が支えになりました。
体格や体力で男性に劣るので、馬の乗り方では負けないよう工夫を重ねています。手綱は馬がくわえているハミという金属具とつながっていて、これを引っ張って馬に指示をします。強く引っ張りすぎると、馬が嫌がって言うことを聞いてくれません。馬の気持ちを察しながら引くように心がけています。
まだ、デビューしたばかりで、技術面をはじめ、いまの自分にはすべてが足りないと思います。馬に負担をかけないように、下半身の筋力トレーニングに力を入れています。レース中に落馬したこともありますが、すぐに気持ちを切り替えて、次を考えるようにしています。落ち込んでいる暇なんてありません。
こんな風に考えられるようになったのも、競馬学校での3年間があったからです。一つのことに夢中になって、夢のために努力してきたことが、今の私を支えてくれていると強く感じています。
競馬と野球は少し似ているんじゃないかな。一度だって同じレースはないし、馬の調子も違います。野球も一球一球が勝負だから、何が起こるか分からないし、イメージ通りにならないことも多い。ちょっとのミスが勝敗を左右する怖さもあります。
高校球児の皆さんも、勝つためにすごい努力していますよね。高校3年の夏は一度きり。負けたら引退なので、緊張もすると思います。でも、失敗を悔やんでも仕方ない。前向きな姿勢が勝負では大切です。最後の夏を思う存分に楽しんでください!(聞き手・比留間陽介)
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ふじた・ななこ 1997年8月生まれ。守谷町(現・守谷市)出身。今年2月にJRA競馬学校を卒業、騎手免許試験に合格し、16年ぶり7人目の女性騎手として注目を集めている。4月10日に中央競馬で初勝利。その後も勝利を重ねている。馬と一緒に練習に明け暮れる毎日を送る。