被災した高齢者グループホーム「楽ん楽ん」(中央の平屋)=31日午後2時46分、岩手県岩泉町、朝日新聞社ヘリから、葛谷晋吾撮影
台風10号の豪雨による浸水被害で9人が死亡した岩手県岩泉町の高齢者グループホーム周辺に、町が避難勧告を出していなかったことが31日、わかった。町によると、避難勧告を出す基準は超えていたが、対応に追われて出す機会を逸してしまったという。
高齢者施設に9人の遺体、大雨で土砂流入 岩手・岩泉
一連の水害で、岩手県内ではほかに2人が死亡し、北海道で3人が行方不明となっている。岩泉町のグループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」では、小本(おもと)川の氾濫(はんらん)で土砂が流れ込み、入所者9人が遺体で見つかった。施設関係者によると、入所者は男性2人、女性7人で、認知症の症状があり、2人は車いすを使っていたという。
国土交通省によると、「楽ん楽ん」では水防法に基づく避難計画が策定されていなかった。同法では、浸水想定区域内にある高齢者施設は避難計画の作成などの努力義務が課されるが、楽ん楽んがあった区域は浸水想定区域に設定されておらず、指定の対象外だった。
岩泉町では小本川の川岸でも遺体が見つかり、県警が近くに住む70代男性とみて調べている。また、久慈市山根町では中塚スヂイさん(89)が自宅でがれきの下敷きになって亡くなっているのが見つかった。
北海道南富良野町では31日未明、空知川の堤防が2カ所決壊し、町の中心部の約130ヘクタールが浸水した。大樹町、新得町、清水町ではいずれも崩落した橋から車が落ち、計3人が行方不明になっている。
■急な増水で対応後手
入所者9人が亡くなった高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」は避難勧告がないまま濁流にのみ込まれた。
「小本(おもと)川の様子はどうか」。こんな問い合わせが岩手県岩泉町役場から施設に入ったのは30日午後5時ごろ。佐藤弘明事務局長は「水かさが増しているな」と思いつつ、過去にも駐車場が冠水したことがあり、今回もその程度と考えた。
ところが、この頃から天候が急変する。気象庁によると午後5時に29ミリだった降水量は1時間後には62・5ミリに。施設から下流に約5キロの水位計では、午後5時に2・38メートルだった付近の川の水位は午後7時に堤防の高さ(4・87メートル)を上回る5・1メートルに達した。
佐藤さんによると、午後5時半ごろに駐車場が冠水し始め、職員で手分けをして高台に車を移した。そうこうしているうちに、「あっという間に胸近くまで水かさが増した」。佐藤さんは施設に戻る途中で流され、隣の建物にしがみついて従業員に助けられた。
ただ、この地区に避難勧告は出ていなかった。
岩泉町の防災担当職員によると、町は30日午前9時に町全域の避難準備情報を出し、午後2時に町内の別の2地区に避難勧告を出した。一方、施設がある乙茂(おとも)地区では、県が設置している小本川の水位計が「氾濫(はんらん)注意水位」の2・5メートルを超え、1時間あたり80ミリを超える雨量が予想される場合、避難勧告を出すことになっていた。
職員によると、30日午後6時にこの二つの基準を満たしたことを確認したが、「あちこちから被害の連絡があり、対応に人手を取られた。夕方になって暗くなったため、避難勧告を出すとかえって危険と判断し、出さなかった」という。(寺沢尚晃、星乃勇介)