履正社―盛岡大付 三回表を終え笑顔でベンチに戻る盛岡大付の三浦瑞=角野貴之撮影
■選抜高校野球
試合詳細はこちら
動画もニュースも「バーチャル高校野球」
互いに競い信頼し合ってきた。29日の準々決勝、第1試合で履正社(大阪)に敗退した盛岡大付の右腕平松竜也君(3年)、左腕の三浦瑞樹君(同)、右翼の臼井春貴君(同)。3人はマウンドを競い、高め合い、そして甲子園にたどり着いた。
初戦で好投した背番号1の平松君は肩のケガでベンチから見守った。先発マウンドは背番号10の三浦君。途中、履正社打線につかまったが、「ケガをしているあいつの分まで」と八回まで力投を見せた。右翼で先発した臼井君は、フェンス際の邪飛を好捕するなど三浦君を助けた。
3人は中学から神奈川県の同じチーム。その頃の3人の関係は今とはちょっと違っていた。中学3年で直球は130キロを超えた臼井君がエースで、二番手が三浦君。平松君は外野手だった。3人は自主性を重んじる雰囲気に共感し、盛岡大付に進学。「3人で甲子園へ」が合言葉になった。
16強入りした昨夏の甲子園。ベンチ入りした三浦君は全3試合で登板し、球速以上の伸びがあるという直球を武器に好救援。頭角を現した。平松君はチームに同行し、打撃投手として毎日投げた。「どこに投げたら打たれるか分かり、制球が良くなった」。昨年10月から背番号1を背負った。
公式戦での登板が増える2人に対し、臼井君は実戦でなかなか結果が出なかった。強肩を買われ、外野手での出場機会が増えた。それでも「自分は投手」という気持ちは強い。冬、臼井君は、体幹や下半身、柔軟など項目ごとに分類した独自のトレーニング法に取り組んだ。「自信を付けるには、徹底的に練習するしかなかった」。その姿は他の2人にも影響した。平松君は「臼井は毎晩大汗をかいていた」。三浦君も「ずっと競い合ってきた。野球では負けられない」と話す。
九回、臼井君は三浦君に代わって初めて甲子園のマウンドにあがった。三浦君から「落ち着いて投げろよ」と声をかけられたが、「力んでしまった」と2失点で途中で降板。
伝令として何度かマウンドに行った平松君は試合後、「今大会、3人で甲子園のマウンドに登れたのは貴重な体験になった」。でも、残ったのは、ほろ苦い思い出だ。「夏は3人で3回ずつ投げて試合を作りたい」と話した。(渡辺朔)