改正個人情報保護法が30日に全面施行されるのに合わせて、日本新聞協会は29日、声明を発表し、社会の匿名化がさらに深刻になることへの懸念を示した。全文は次の通り。
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2017年5月29日
「改正個人情報保護法の全面施行にあたっての声明」
一般社団法人日本新聞協会
2015年9月に改正された「個人情報の保護に関する法律」(改正個人情報保護法)が、公布から約1年8カ月を経て、本年5月30日に全面施行される。
改正個人情報保護法では、パーソナルデータを利活用するために「匿名加工情報」が新設された一方で、個人情報の定義について、従来の氏名、生年月日などが含まれる情報に加え、生体情報や旅券番号などの「個人識別符号」も含まれることが明記された。また、人種や信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪被害に遭った事実などで不当な差別、偏見などが生じないよう、取り扱いに特に配慮を必要とする「要配慮個人情報」が新たに規定された。
そして、主務大臣制に代わる新たな監督機関として個人情報保護委員会が新設され、勧告・命令等の権限は同委員会に一元化されることとなった。保有する個人情報が5000件以下の事業者を同法の対象外としていた規定も撤廃され、全事業者に対して個人データを第三者に提供する際の記録・保存が義務づけられた。
以上の通り、改正個人情報保護法は、わが国の従来の個人情報保護法制を抜本的に変えるものである。
日本新聞協会は、個人情報を適正に保護し、国民の権利利益を守ることの重要性は十分に理解している。しかし、懸念されるのは、2005年4月に個人情報保護法が施行されて以降、社会全体に個人情報を流通させることへの萎縮が広がり、個人情報の保護を理由に社会のあらゆる分野で匿名化が進んでいることである。自治会の名簿や学校の連絡網が作れないなど、緊急時に必要な情報の流通が阻害されているばかりか、自治体が災害時に行方不明者等の氏名を公表しなかったり、行政当局が懲戒処分を受けた公務員の実名を隠したり、警察当局が重大事件の被害者を匿名で発表したりすることが常態化しつつある。
2015年9月、記録的な豪雨で鬼怒川が決壊し、洪水被害に見舞われた茨城県常総市が、行方不明者の氏名を公表しなかったことから、安否確認が進まず、救助作業の現場は混乱した。同市が発表した連絡がとれない人の数は変遷し、その後、ほとんどの人と連絡がとれたものの、氏名を公表してさえいれば、情報が集まり、本当に災害に巻き込まれた人の人定が進み、効率的な救助作業や身近な人の安否を気遣う人の安心につながったはずである。
報道機関は、真実を発見し、不正を明らかにし、社会が共有すべき情報を伝える公共的使命を負っている。そして、匿名ではなく実名による報道によってこそ、事実の重みを社会に伝え、当事者の苦しみや怒りを社会で共有し、再発防止や事件・事故の風化を防ぐことにつなげることができるのである。だからこそ報道機関は、報道目的で個人情報を取り扱う場合には個人情報保護法の適用が除外されており、個人情報取扱事業者が報道機関に個人情報を提供する行為も規制の対象外とされているのであるが、こうした適用除外の規定が国民に周知されているとは言い難い。
改正個人情報保護法は、対象となる個人情報の範囲を広げ、個人情報の取り扱いについて従来以上に事業者に厳格な義務を課すものであり、このままでは社会全体にさらなる萎縮効果を及ぼし、「匿名社会」の深刻化につながるのは必至である。そして、匿名化のさらなる進行は、報道機関がその使命を達成することを著しく困難にするものである。
日本新聞協会は、「表現の自由」を保障した憲法21条のもとにある「取材・報道の自由」を守り、国民の「知る権利」に応えていくために、改正個人情報保護法の全面施行にあたり、報道機関としての立場と考え方を、以下の通り表明する。
(1)報道機関は、改正個人情報保護法において引き続き法規制の「適用除外」とされた。報道目的で個人情報が取り扱われる限り、提供する側も提供される側も規制の対象とはならないことを国民に理解してもらうよう努める。
(2)個人情報を提供した側が不利益を被ることがないよう取材源の秘匿を徹底するとともに、これまで以上に高い記者倫理を養うための教育に力を入れ、個人情報の適正な管理に努める。
(3)行政機関や警察当局には、社会に伝えるべき情報の開示を強く求めていく。そうして提供された個人情報については、プライバシーや人権に十分配慮し、報じることの公益性・公共性をケースごとに真摯(しんし)に検討し、必要性を判断した上で報道機関の責任において報道する。
(4)改正個人情報保護法が、さらなる匿名社会を招いて国民の安全や「知る権利」を損なうことがないよう、その運用を厳しくチェックしていく。
新聞倫理綱領は「人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する」ことを掲げており、われわれはこの綱領を踏まえて個人情報を取り扱う。一方で、個人情報保護が絶対的なものとして独り歩きし、国民が真実を知ることを難しくしている現状は、民主主義社会にとって大きな危機と言わざるを得ない。これからも、報道を通じて、個人情報保護のあるべき姿を国民に訴えかけていくことがわれわれの使命であると考える。
以上