「家族はつらいよ2」が公開中の山田洋次監督(85)と、「この世界の片隅に」で声優を務め、寅さんファンでもある俳優のんさん(23)。名監督と個性派女優が初対面し、世代を超えた異色の対談が実現しました。「高齢者の危険運転」「孤独死」といった現代の社会問題も、戦時下の厳しい日常も、笑いに包んで昇華させる――。そんな笑いのチカラについて、たっぷりと語り合いました。
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■「家族はつらいよ2」 重苦しい現実も笑いに
5月27日公開の「家族はつらいよ2」は、橋爪功さんと吉行和子さんが演じる老夫婦とその子ども、孫たちの3世代が織りなすホームドラマの第2弾。高齢者の運転免許返納や無縁社会をモチーフに、死という重いテーマにも挑みますが、作品は喜劇。劇場は観客たちの笑いであふれています。
のんさん(のん)「お父さん(橋爪)がパワーアップしていてすごく面白くて。家族会議がいつもけんかで、めんどくさかったりしんどい思いをしたりしなきゃいけないけど、絆がある。喜劇だと笑いにできるのがすてき。たくさん笑わせていただきました」
山田洋次監督(山田)「年をとったお父さんに運転をやめさせる、ということだけでもあれだけの長い物語がつくれる。大したことないことのようだけど家族にとっちゃ深刻で、万一事故を起こしたら大変なことになる。かといってお父さんは嫌と言ってそう簡単に解決しない。家族ってそういう風に面白い」
■死も喜劇に「冒険でした」
のん「蒼井優さん演じる奥さんが唯一まともな気がするのが、また面白くて」
山田「(結婚して)一番新しい家族だから、冷静に客観的に家族を見つめることができる。(蒼井さん演じる)憲子の向こう側、背後には日本の重苦しい現実がある。両親は離婚、おばあちゃんは認知症でお母さんが介護しながら働かなければいけない。それは大部分の日本人が抱えている問題で、僕自身を含め周辺をみても、かなり暗いものを抱えて生きているよね」
「(『家族はつらいよ2』は)幸せな家族の物語、と僕は考えている。そこに(小林稔侍さん演じる)丸田のような、重い暗い人生を生きている独居老人がポンッと現れてくる」
のん「小林稔侍さん、前作では探偵でしたね」
山田「(丸田の死を喜劇として描くのは)僕にとって冒険でした。生々しくは出さないけど死骸がちょっと映る。喜劇ではタブーだね。喜劇は人の死という重いテーマを扱わないのが普通、常識。でも思い切って扱って、なおかつ笑えないかな、と」
■重苦しい時代でも楽しく見られる映画
のんさんが主人公・すずの声を担当したアニメ映画「この世界の片隅に」は、戦時中の広島を生きる女性の日常を丁寧に描いています。昨年11月に公開されると、口コミでジワジワと評判となり、異例のロングランヒットを記録中です。
山田監督「あの作品は本当に楽しく見られるね。だけど、描かれている時代の歴史は重く暗い。原爆も落ちる重い現実があるのを知りながら、つい笑ったり楽しく見ちゃったりするのが、あの映画の魅力じゃないかねぇ。あの時代を描いて、深刻な映画を作るのはそんなに難しいことじゃない。だけど重苦しい時代を描きながら、大笑いするわけじゃないけどほほ笑ましく見てしまう、というのはなかなかできない」
のん「映画館でご覧になったんですか?」
山田「映画館で見ましたよ」
のん「素朴な疑問なんですが、普通に映画館に行かれるんですか?」
山田「そりゃあ行きますよ。今はDVDでもパソコンでも見られる時代だけども、僕たちが作る映画はやっぱり映画館で見てもらいたい。そういうつもりで映画を作ってきた。だから努力して映画館に行くようにしますよ」
■苦労した映画のヒット、うれしい
山田「苦労してお金を集めて作った映画があんな形で大ヒットしていくっていうのは、僕たち映画人から言わせればとてもうれしいですよね。映画っていうのはそうであってほしいな、と。珍しい成功例じゃないんですかね。色々あの時代のこと、読んだり聞いたりしたでしょう?」
のん「そうですね。その時代を考えながらというのは難しかったですけど、すずさんがああいう風に明るくしているおかげで『この世界の片隅に』という作品ができました」
「すずさんをやらせていただいた時、すずさんが楽しそうに料理をしているのが印象的で。私は笑顔になれたり笑ったりするとすごい幸せで満ちてきて、すごく気分がよくて、こんな風に頑張りたいとかちゃんと生活しなきゃとか思えてくる」
山田「そうそう、あの人はひとりでいるときにふっと鼻歌を歌ったりする人だよね。そういう人ってすてきだよね。すずさんって、歌いながら自分を励ましている、そういうことができる人なんだよね」
「僕はちょうどすずさんが小学校に入る頃に生まれたのかなぁ。振り返ると悲惨な時代なんだけども、その中で楽しいことを見つけて懸命に生きていくということを人間はするわけ。あの主人公を見ていると、『ああ、頑張って生きなきゃいけないな』ってみんな思ったんじゃないのかな。本当に素晴らしい映画でしたね」
■寅さん、不思議な感じが魅力
のん「『男はつらいよ』は(BSの)『土曜は寅さん』でずっと拝見していて。英語の先生と感想を言い合いながら楽しませていただいています」
山田「お若いのに。あなたが生まれる前から作っている映画ですよ」
のん「寅さんの魅力は、見る度に『やだもうこの人!』って思えるのに、やっぱり寅さんが好き!って同時に思えるのが不思議な感じで」
山田「その『やだな』っていうのはどういうことなんだろう?」
のん「例えば、すごいとぼけたり、人にあたったりしないとお家に入れないとか、好きな人に会いに行く時に照れちゃって誰かに絡んでからじゃないと出かけられない時とか」
山田「行儀が悪いし良識がないから、トンチンカンなことを言って困らせたり怒らせたりするけども、人間として大事なことをきちんと理解できる感性が寅さんにはある。社会的立場とか権力とか地位とか、そういう価値観が彼にはないから。そういう人がいることによって大騒ぎが巻き起こり、それをどうやっておさめるかっていうことを繰り返す中で、人と人とのつながりがだんだん深まっていくんじゃないかね。映画館で見たわけじゃないんだよね?」
のん「そうですね、映画館で見てみたい!」
■「静かな」今の映画館は不満
山田「30~40年前ですけど、寅さんを上映している映画館ってのはものすごく騒々しかった。上映中にみんなワーワー、色んなこと言ってゲラゲラよく笑う。『そうだそうだ』『いいぞ』『何してんだ社長、早く出てこい』とか叫んだり。本当ににぎやかだったね。僕は、ああいう風に映画って見てもらいたいと思っているんです」
「いまどきの映画館は不満ですよ。最初に『お静かに』とか『他人の迷惑になることはしてはいけません』とか。面白かったら笑って、隣の人としゃべって仲良くなることが映画の喜びじゃないですかね。寅さんの時代は、映画館に活気があふれてたね」
のん「そういう雰囲気体験したことないですね。楽しそう」
山田「映画館にたくさんの人がいた時代は幸せだったと思うなぁ。なんだか日本人は今、おとなしくなっちゃっているんじゃないかね」
■重苦しい時代には、大笑いできる映画を
のん「最近、日本で笑えるコメディー作品ってそんなにないな、と思っていて。私もコメディーにたくさん挑戦したいって思うんですけど」
山田「外国の映画でもあんまり最近ないんじゃないかね、コメディー、笑える作品って」
のん「時代的に求められていないんですかね?」
山田「どうなんだろう。それはとても大事な問題だよ。じゃあ今、観客は笑いたいと思ってないのだろうか。そうじゃないんじゃないかね。今の時代ってのは、日本もそうだけど、世界的になんだか不幸な時代でしょ。重苦しい時代でしょ。そういう時代には大笑いして、さあ明日から元気になって生きていこうと思いたいわけじゃない? だったらその役割を持った映画がたくさんあっていいはずなんだけども、意外にないよね」
■「見ている人に笑ってもらいたい」
のん「私がコメディーをやりたいのは、コメディーをやってたくさんの方に知ってもらったっていうのがすごく大きいんですけど、たぶん自分自身が、見ている人に笑ってもらいたい欲が強くて。だから極めたいって思ってます。難しいですよね、コメディーって」
山田「そのためには自分の欠点を露呈しなきゃいけないから」
のん「恥ずかしいんですよね」
山田「その恥ずかしいところを見せちゃわなきゃ人は笑ってくれないよなぁ」
■大きな肯定、笑いに必要
のん「喜劇と人間ドラマを撮る時って何か違いがあったりしますか?」
山田「それは別にないね。例えば寅さんは、ひとりの男がいました、とても美しい人がいました、恋をしました、色々努力したけど彼は結局フラれて彼女の前を去っていきました、っていう話なんだから、どう考えても悲劇だよね。その悲劇をみんな笑っちゃうんだよね」
「『映画館で大声あげて笑いたい』というのはどういうことなんだろう。なぜそういうことを人間は求めるんだろうね」
のん「スカッとしたい? でも泣きたい欲が強い方もたくさんいますよね」
山田「誤解を恐れずに言えば、泣きたいという人に比べて笑いたいという人のほうがちょっと知的な感じがするね。泣きたいという人がダメということじゃないけども。つまり、『人間って愚かなんだな』ってことで笑うんだから。『人間は愚かなんだな、でもそれが人間なんだな』っていう大きな肯定が、笑いにはあるんじゃないかな」(佐藤美鈴)