小野塚康之アナウンサー=NHK大阪放送局
■がばい! 佐賀北の記憶
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小野塚康之さん(60)はハイテンションなスポーツ実況で知られる名物アナウンサー。アナウンサー歴約40年、NHKのテレビやラジオで数多くの高校野球の試合を実況してきた。「ありうる最も可能性の小さい、そんなシーンが現実です」。そんな印象的な言葉を残した2007年夏の決勝、佐賀北―広陵戦は思い出に残る試合の一つだ。
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06年決勝は「ハンカチ王子」斎藤佑樹(現・日本ハム)の早稲田実と田中将大(現・ヤンキース)擁する駒大苫小牧の引き分け再試合。その翌年ということもあって周囲には、盛り上がりを心配する声もあった。でも、佐賀北―広陵は06年を超えた。完全にひっくり返しましたね。
その年の佐賀北を初めて見たのは、開幕前の甲子園練習。甲子園に出てくる一般的な公立高校よりも、少しだけ筋力があるように感じた。担当ではなかったけど気になり、開会式前日のリハーサルの時、百崎敏克監督に取材しました。「自分のやり方を受け入れてくれるかわからなかったので、相当な時間選手と話し合った」「短い距離を徹底的に走らせた」などと話していた。甲子園で戦えるチームだと感じました。
――試合は広陵ペース。佐賀北は馬場将史投手、久保貴大投手の継投。0―4で八回裏を迎えた。
あの回が始まる前までは広陵が70%くらい勝ちに近づいていたと思う。先発野村祐輔(現・広島)は直球もスライダーも全部よく、七回まで被安打1。少しミスをしてもひっくり返されないだろう、と。
ただ、広陵が7点くらいとってもいいのに、そうじゃないという気持ち悪さはあった。代打の安打や押し出し四球などがあって1点返し、副島選手の満塁本塁打で逆転。本塁打がよくクローズアップされるけど、その時点でまだ試合は終わっていない。野村はその後崩れなかった。直前の四球も苦し紛れに投げてボール、ボールになったんじゃない。広陵が勝つチャンスはあったと思う。
ただ次の回をちゃんと佐賀北が抑えた。守備がよかったですね。佐賀北の良さは馬場―久保の投手リレーのように戦い方が変わらないこと。代打など備えがしてあった。相手チームの方が個人的な能力が高い選手はいたかもしれない。だけど、佐賀北のほうが「想定していること」は上だった。勉強させられました。
――「ありうる最も――」は、小野塚さんの代名詞にもなった。
あれは実況じゃなくて、シーンをまとめたコメントで、たいしたことはないです。あれを録音しておいて、元気のない時に聞いている人や、全部文字起こしして、まねをする練習をしているという人がいるそうです。話題になっているのはありがたいこと。
――当時全国で無名だった公立高校を優勝に導いた百崎監督を見て、小野塚さんはある思いを抱いた。
かつて高校野球の指導者にもなりたかった。百崎さんに失礼な言い方になったら申し訳ないが、「自分がユニホーム着ることはないのか」って、くすぶっていた思いに火がついた。年齢も近いし、一瞬だけ、夢を見させられたんです。自分もありうる最も小さい可能性を、現実にしたいって。
■あの夏、担当記者も糧に
07年当時、佐賀北の「番記者」だった朝日新聞記者の森本浩一郎(34)も決勝を伝えた一人だ。「戦いを始終見られたのは貴重な体験だった」と懐かしむ。
当時は初任地佐賀総局で2年目を迎えた若手。雑談をしたり一緒に銭湯に行ったりする中で、選手たちは仲の良い普通の高校生に見えた。「試合がない時は、修学旅行みたいで」
だがチームは快進撃。地域面に連載していたコラムでは「鳥肌立つ選手の集中力」「好プレー連発に期待大」などと伝えた。決勝翌日付の紙面ではこう書いて締めた。「名シーンをいくらでも思い出すことが出来る。すごい子たちだった」
その後、鹿児島総局員などを経て、現在は東京本社デジタル編集部所属。朝日新聞などの高校野球サイト「バーチャル高校野球」で、ネットでの高校野球報道に携わる。
10年経ち、スマートフォンでライブ中継を見たり、SNSに感想を書き込めたりと、スポーツの楽しみ方は変化している。だが、「佐賀北のような成長ストーリーや、ドラマ性は変わらない」。その見せ方を追究していきたいという。