創部100年の「市神港」、最後の夏 連合チーム奮起——贯通日本资讯频道
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創部100年の「市神港」、最後の夏 連合チーム奮起

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開幕式で整列する市神港・神港橘の選手たち=8日午前、兵庫県明石市の明石トーカロ球場、水野義則撮影


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春夏15回の甲子園出場で、創部100年の歴史を誇る市神港(兵庫)が最後の夏に挑む。昨春、学校統合で神港橘となり、統合前に入学した今の3年生9人が市神港の名を背負う最後の世代だ。今大会は2校の合同チームで参加する。


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8日、明石トーカロ球場であった兵庫大会開会式。選手たちは「神港・神港橘」のプラカードを先頭に入場行進した。山本悠里(ゆうり)主将(3年)は「1試合でも多く勝って校歌を歌いたい」と話す。


学校は1907(明治40)年、私学の神港商業学校として創立し、3年後に神戸市に経営が移った。野球部は17(大正6)年に産声をあげた。


夏の全国大会が初めて甲子園球場で開かれた24(大正13)年の第10回大会に、市立第一神港商業学校として初出場。29、30年には春の選抜を連覇した。


戦後、校名が市立神港高校に変わってからも、60~70年代に春夏5回、甲子園の土を踏んだ。プロ野球・阪急(当時)の元投手、山口高志さん(67)らを輩出し、一時代を築いた。


だが昨年4月、生徒数の減少などを理由に市立兵庫商業高校と統合。野球部はマネジャーを含め、新設校の神港橘に通う1、2年生42人と、市神港の3年生9人が連合チームを組む。


今年4月には、名残を惜しむOBらが、神戸市西区の練習グラウンドに石碑を建てた。ボールのデザインに「球譜」の2文字。部の歴史に思いを込め、裏側に「卒業部員1000名」と刻んだ。


今月2日にはOBらが壮行会を開き、現役部員を激励。OB会長の中村信一さん(67)は「毎年恒例でも今年は違う。最後です。一つでも多く試合をしてほしい」。山口さんも駆けつけ、「千人以上のOBが君たちを見守っている。大会前、がんばってくるよ、と碑に声をかけてほしい」と呼びかけた。


山本主将は「時代は違うが、胸に『SHINKO』と書かれたユニホームで練習してきた。名に恥じないプレーをします」と応じた。市神港・神港橘は9日、高砂球場で西宮東と対戦する。(森田貴之)



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