日本を破ってW杯出場を決め、喜ぶサウジアラビアと肩を落とす日本
■中西哲生コラム「SPORTS 日本ヂカラ」
0―1で敗れたW杯ロシア大会最終予選のサウジアラビア戦(5日)は、いくつかの難しい前提条件がありました。日本は既に6大会連続のW杯出場を決めた一方、相手は勝ち点3を取れば久しぶりのW杯出場で、死にものぐるいで来ること。自分たちが中4日で日本からサウジアラビアに遠路移動した一方、相手は中6日でアラブ首長国連邦からの移動で済んでいたこと。そして、気温31度、湿度80%の蒸し暑さと、ほぼ無風のスタジアム。
出場を決めたオーストラリア戦から、あまり試合に出ていないコンディションのいい選手とスタメンをゴソッと入れ替える選択肢もありましたが、サウジアラビアと2位を争う形となっていたオーストラリアに配慮すれば、真剣だという正当性を保つ必要もあり、柴崎を使うなど、いくつかのトライにとどまりました。
立ち上がりは、オーストラリア戦と同じく前からプレス。ただオーストラリア戦を見ていたサウジアラビアはそれを想定していて、機能しませんでした。オーストラリア戦のような暑さがない気候と勝たなければならないという条件と、そうでないこの日の気象とメンタル面の違い。それとともに、自分がプレーしながら細かなポジショニングを周囲に指示することで、様々なズレと問題を解決できるアンカー長谷部の不在も影響しました。インサイドハーフとして、長谷部の前でボールを奪いにいく役割だった山口が代わりにアンカーに入りましたが、山口の右脇からラストパスを通されて失点したのは偶然ではないでしょう。
サッカーも仕事も同じだと思いますが、始まってみるとやろうとしていたプランがはまる時と、はまらない時があります。オーストラリア戦も序盤はプレスがかかったものの、前半の中盤以降、先制点の直前までラインが下がった時間帯があったように、試合では常にプランがはまり続けるということもありません。よって、主体的に実行しようとする「プランA」がうまくいかなかった時、対応できる「プランB」を用意しておく必要があります。そして、試合中にチームとしてそれを判断し、みんなが同時に滑らかに移行して遂行するリテラシーも必要です。そのプランAが機能しなくなった時の準備を、ハリルホジッチ監督はどれだけしていたでしょうか。
例えばサウジアラビア戦の場合、暑さと高い湿度の中でプレスに行けなくなり、プランAが実行できなくなるのは想像できることです。そこで、相手を待ち受け、プレスをかけないでもボールを奪えるプランBに移らなければなりませんでした。また、オーストラリアはポジションチェンジが少なくボールを動かすチームでしたが、今回のサウジアラビアは流動的で左右前後が入れ替わりながらボールを動かしていました。相手が自分たちが想定していた形以外で来ても、うまく対応する。プランBは、相手の出方に対する柔軟な対応も含まれるのです。
2014年のW杯ブラジル大会は、ボールを持って相手を崩すのがプランAでしたが、それがうまくいかなかった時の柔軟なプランBを用意できず、1分け2敗で1次リーグ敗退に終わりました。今のチームは相手にボールを持たせ、プレスに行って奪って、タテに速い攻撃というのがプランAですが、それが機能する前提条件が崩れるとはまりません。そもそも、プランAがうまくはまらないことは不確定要素がある以上、大前提とも言えます。柔軟なプランBをつくっておき、実行できる力を持つことは絶対必要なのです。
それをブラジルのように感覚的にやるか、ドイツのように体系化した形でやるかはいろいろですが、プランAからプランBへの移行を身につけるには、子どもの頃から試合の中で駆け引きを体験することが必要でしょう。駆け引きはプランの出し合いとも言えます。予定調和なことしかできない環境では、大人になった時に圧倒的に力の差がついてしまいます。
吉田がサウジアラビア戦後、「これから所属チームで何ができるかが大事」と語っていましたが、選手個々がプランAからプランBへ移れる様々な引き出しを持ち、それを集団として遂行できるようになってくれば、来年のW杯は楽しみな大会になるでしょう。逆に言えば、それを構築しない限り、ワールドカップ過去最高成績のベスト16の壁を越える可能性は、低いと言わざるを得ません。
全く相反する内容、結果となったオーストラリア、サウジアラビアとの最後の2戦。W杯出場の喜びに浸るだけでなく、的確に問題点を抽出し、本大会に向けて準備していく必要を改めて感じました。あと9カ月です。
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なかにし・てつお 1969年生まれ、名古屋市出身。同志社大から92年、Jリーグ名古屋に入団。97年に当時JFLの川崎へ移籍、主将として99年のJ1昇格の原動力に。2000年に引退後、スポーツジャーナリストとして活躍。07年から15年まで日本サッカー協会特任理事を務め、現在は日本サッカー協会参与。このコラムでは、サッカーを中心とする様々なスポーツを取り上げ、「日本の力」を探っていきます。