貞末啓視さん(右)の指導を受けながら走る冨久正二さん=みよし運動公園陸上競技場
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年齢を重ねても、より速く、高く、遠くへ――。国際・第38回全日本マスターズ陸上競技選手権大会が27~29日、和歌山市の紀三井寺公園陸上競技場で開かれる。海外選手を含む2263人がエントリーした参加者の最高齢は、広島の冨久正二さんと大阪の渡辺源太郎さんの100歳。それぞれの人生に陸上がある。
病弱だった若い頃、走って人生一変 80代夫婦の挑戦
■97歳で競技開始「これからですな」 広島の冨久正二さん
10月中旬、広島県三次市・みよし運動公園陸上競技場に、ゆっくりと張りのある声が響いた。「おはよーございます」。笑顔で現れたのは冨久正二さん。毎週金曜午前、何よりも楽しみという練習が始まった。
ストレッチを終えると、さっそくトラックでランニングだ。足をきれいに上げたフォームは100歳とはとても思えない。
約2時間の練習後、最年長出場の話題を振ると、照れくさそうに言った。「ここまで生きられたのは、運がよかっただけですから」
大会に向けて練習に汗を流す冨久正二さん=みよし運動公園陸上競技場
1917年、兵庫県津名郡(現洲本市)で生まれた。100年を振り返る時、戦時中の二つの幸運が頭に浮かぶという。
一つは21歳で日中戦争に出征した時のことだ。井戸水を飲んで病気になり、日本への帰国が許された。当時の戦友のほとんどは戦死した。
もう一つは原爆が投下された45年8月6日。当時、三次で国鉄に勤務していた冨久さんは出張を命じられていたため、午前5時過ぎに広島駅に向かう列車に乗車した。すると出発直前、上司がやってきて、勤務の交代を言い渡され、その列車を降りたという。「あのまま乗っていたら命を失ったかもしれない」。当日午後には広島市内で同僚の捜索任務へ向かった。直接的な被爆は避けられたものの、被爆者健康手帳を交付された。
激動の人生で、スポーツ経験は戦前に野球をやっていた程度だった。そんな冨久さんと陸上を出会わせたのは、整体師で陸上競技経験がある貞末啓視さん(67)だ。「旅行で鳥取砂丘に行った時に私を追いかけてきた冨久さんの走りがあまりに見事だった」。3年前、マスターズ陸上の関係者に紹介した。97歳で新たな生きがいを見つけた冨久さんは喜んで言ったという。
「私の人生、これからですな」
妻を8年前になくし、現在は一人暮らしだ。午前4時に起き、掃除、洗濯、食事……。何でも一人でこなす。そんななか陸上のトレーニングは欠かさない。朝夕にはエアロバイクと体操、体調のいい時は約1・5キロの散歩で体を動かす。
コーチ兼トレーナーを務める貞末さんとの二人三脚で好記録も連発。7月にはM100(100~104歳)の60メートルで日本記録16秒98を樹立した。今大会は100メートル1本に絞り、29秒83の日本記録更新を狙う。
「100歳で注目してもらえる。27秒台を出したい」。当日は広島から応援団も駆けつける予定だ。「やってやろうという気持ちが湧くね」。気合十分で全国の舞台に臨む。
練習前に入念にストレッチする冨久正二さん=みよし運動公園陸上競技場
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■息子よ、越えてみろ 大阪の渡辺源太郎さん
「100歳まで生きられるとはね。考えてもいなかったですから」。笑みをたたえて語る渡辺源太郎さんの横で、息子の和生さん(70)もうなずいた。
渡辺源太郎さん(右)は耳が遠いため、息子の和生さんが記者の質問をパソコンに打ち込み、取材に応じてくれた
大阪の自宅から兵庫県内の老人ホームに入居して16年が経つ源太郎さん。耳が遠いため、取材は和生さんの手伝いのもと、筆談形式で行った。源太郎さんは大きな声で答えてくれた。
京都市出身。旧制高校では陸上部に所属したが、その後、運動経験はほとんどなかった。京大法学部を卒業後、鉄鋼メーカーなどに勤務。1980年、当時住んでいた和歌山県でマスターズ陸上の第1回大会が開かれることになり、参加してみた。
すると、当時63歳の源太郎さんが快進撃をみせる。100メートル14秒0、200メートル28秒7など好記録を連発し、4冠達成。勝負の楽しさを久しぶりに味わい、競技にのめり込んでいった。
そんな父に刺激を受けたのが和生さんだ。54歳でマスターズ陸上に参戦してからは親子で出場を続ける。目標は常に、約30年前の父の記録。「一緒に走れなくても、昔のおやじと勝負できるのがマスターズの魅力です」。「負けずに頑張る」と返す源太郎さん。長寿の秘訣(ひけつ)は、週2~3回、老人ホームの周りを散歩することだという。
100歳で出場する渡辺源太郎さん=兵庫県宝塚市
源太郎さんは今大会、M100(100~104歳)の3競技にエントリーする。「60メートルは20秒を切りたい。砲丸投げは4メートル、円盤投げは8メートル。無理かもしれんが、頑張りたいね」(岩佐友)
〈マスターズ陸上〉 陸上競技を通じて中高年の心身の健康保持、増進を図る目的で1932年、英国で始まった。75年には第1回世界大会がカナダのトロントで開催された。
日本では80年、日本初の五輪金メダリスト(男子三段跳び)の織田幹雄氏を会長に日本マスターズ陸上競技連合が発足。同年第1回大会が和歌山で開催された。18歳以上の健康な登録者なら誰でも参加できる。25歳以上は5歳刻みのクラスで競い、今大会は男子28種目、女子25種目が行われる。60歳代の出場が従来多いが、今大会は40~50歳代のエントリーが増えた。