荒川区立中央図書館の文庫コーナー=東京都
文芸春秋の松井清人社長(67)が先月、「文庫本の売れ行き減と図書館は無関係ではない」と図書館の文庫貸し出し中止を訴えた。図書館側は「売り上げ減の要因は別だ」と反論し、お笑い芸人で絵本作家の西野亮廣(あきひろ)さん(37)も一石を投じる試みをして話題を呼んだ。図書館と出版界が「共存」する道はあるのか。(赤田康和)
5500館に自著を寄贈 西野亮廣さん「図書館は味方」
先月13日、東京で開かれた全国図書館大会。松井社長は自身の講演で、率直な言葉を投げかけた。
「文庫は出版社の収益の柱。図書館での文庫の貸し出しをできればやめて頂きたい。これはお願いです」
文庫の売り上げが2014年から3年連続で前年比6%ずつ減少したと指摘。貸し出しとの因果関係については「全く無関係ではない。少なからぬ影響はある」と強調した。データは示さなかったものの、文庫貸し出しが多い例として東京都荒川区などを挙げた。
その荒川区。一般書に占める文庫の割合は蔵書数では15%だが、貸出冊数では25%を占める。
今春オープンした荒川区立中央図書館では、文庫コーナーが2カ所。小説の文庫を集めた3階奥の棚の前は利用者の姿が絶えない。菊池秀幸館長は「ニーズに応えるもので、やめてといわれても対応しがたい。売り上げ減の要因が図書館という根拠もない」と話す。
同館は地元の書店組合から蔵書を購入し、出版界との連携にも積極的だ。10月末は「野菜づくり講座」を開き、書店が関連書を販売した。「出版文化の裾野を広げるという願いは同じなのですが……」と菊池館長は戸惑いを隠せない。
一方でこんなデータも。書籍販売額は1996年を頂点に減少傾向だが、日本図書館協会の調べでは、全国の公共図書館の視聴覚資料を含む個人向け貸出数は11年が約7億2千万点で30年前の約5倍に。新潮社の佐藤隆信社長(61)がベストセラーの複数購入を批判するなど、出版界には「売れる本」の貸し出しへの不満が根強くあった。
「作家・出版社の利益、無料で読みたい利用者、それに応えたい図書館という3者の利害調整は必要」と中央大日本比較法研究所の稲垣行子さんは指摘する。
調整手段として挙げるのが欧州などで導入されている「公貸権」。作家らが無料貸し出しで損しているとみて補償する制度だ。国の基金を原資とすれば利用者の負担はゼロにできる。日本では文化庁が02年に検討し、導入を見送った。「出版社がつぶれたら図書館も困る。再検討する意義はある」と稲垣さんは言う。
西野さん、全国5500の図書館に自著寄贈
松井社長の発言を受け、お笑い芸人で絵本作家の西野亮廣さんが自著の評論『革命のファンファーレ』を全国5500の図書館に寄贈した。図書館での貸し出しはむしろ販売促進につながることを証明し、図書館は出版界の「味方」であると訴えたいという。
「本屋で買ってもらわないと僕たちが食いっぱぐれる」と版元が訴えても「選択権は消費者にあり、一番便利なところで本を取る」と西野さん。松井社長の発言について「お客さんのマインドを強要するというのが終わっている」と話す。
「敵」は、図書館や他の出版社でなく、LINEなどスマホを使った多様なサービスとみる。1日24時間という限られた時間のなかで消費者に選ばれるには、「本までの距離」は遠く、「ジャンルとしての勝負で出版界は負けている」。
自著の絵本『えんとつ町のプペル』を1月にネットで無料公開。売り物をタダで見せるという「矛盾」にネット上で批判は出たが、精巧な絵などが評判を呼び、売れ行きは25万部弱から33万部強まで伸びた。
図書館寄贈の背景には、この成功体験があった。ネットニュースに取り上げられて賛否両論を呼び、今回も注目を集めた。インスタグラムで関連の投稿は計6千件を超える。図書館で借りた人がSNSで発信してくれる「販売促進」も期待しているという。図書館流通センターから感謝の手紙が届くなど図書館側には歓迎の空気が広がった。
本を「体験」とセットで売るのが一つの解とみる。『えんとつ町の~』では原画展を開き、本を土産に買ってもらう戦略をとった。また、「今は人の『個性』はすごく商品化しやすい」と分析。作家の講演会や、作家が読んだ本をファンに毎月1冊ずつ届けるといったサービスも提案する。