東京電力福島第一原発事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣3人の公判は証人尋問が終了し、16日から被告人質問が始まる。元部下らの証言からは、東電社内で巨大津波の可能性が予測されながらも対策が先送りされた疑いが浮かんでおり、無罪を主張する被告たちの供述が注目される。(編集委員・佐々木英輔、杉浦幹治)
被告人質問は16、17日が武藤栄・元副社長(68)、19日が武黒一郎・元副社長(72)、30日が勝俣恒久・元会長(78)の順に行われる。公判では東電関係者や地震の専門家ら、計21人の証人が出廷した。特に焦点となっているのは、東電の子会社が2008年に算出した「最大で15・7メートル」の津波予測に対する被告たちの対応だ。主要施設がある敷地の高さは10メートルだった。
15・7メートルの根拠になったのは、国が02年にとりまとめた地震予測「長期評価」だ。三陸沖から房総沖のどこでも、大きな「津波地震」が起こる可能性を指摘しており、責任者だった学者は、「最大公約数的な結論」だと証言した。別の学者も「起きないと言い切れない」と法廷で述べた。
国は06年、原発の地震想定を最新の知見で見直し、まれな津波にも備えるよう電力会社に指示した。東電で対策を検討した土木調査グループの担当者は「長期評価は権威があり、採り入れざるを得ない」と述べた。そうした状況のなか15・7メートルの数値は08年6月、東電幹部に報告され、翌月に津波対策の「先送り」が決まったという。
この時の判断の評価は、特に重要な争点だ。検討にあたっては証言のほか、東電の地震対策センター所長だった山下和彦氏の供述調書もかぎになりそうだ。当初は証人出廷するはずだったが、「証言できる状況ではない」として証拠採用された。
法廷で朗読された調書によると、東電はまず、長期評価に基づく簡易計算として「7・7メートル以上」の津波を予測。山下氏は3被告らが出席した08年2月の「御前会議」でこの数字を説明し、「長期評価を採り入れる方針は了承された」。しかし、詳細な検討を経た15・7メートルの津波予測が報告された後、「方針の変更」がなされ、長期評価はただちに採用せず、土木学会に検討を依頼することが指示されたという。
東電では当時、07年に発生した新潟県中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発の運転が停止し、収益が悪化していた。山下氏は調書で、福島第一原発をめぐる10メートル超の津波予測が公になれば「国や地元から運転停止を求められ、さらに収支が悪化する」という見方が社内で話し合われたと明らかにしている。「10メートルを超えない水位であれば方針は維持されたと思う」との見解も示していた。
弁護側は「長期評価の信頼性には疑問があり、対策が決まったことはない」と主張しており、3被告は「法令に基づく安全対策がされていた」という立場を堅持するとみられる。もっとも、08年当時の3被告の立場には違いがあり、質問の焦点も少しずつ異なりそうだ。
検察官役の指定弁護士の有罪立証に向けたキーマンは武藤氏だ。08年当時は原子力・立地副本部長として現場に最も近く、「15・7メートル」の数字の報告を受けたり、津波対策の「先送り」を指示したりしたとされる。被告人質問では、当時の判断が詳細に聞かれる見通しだが、武藤氏は「15・7メートルは試計算。現状で安全が確保されていると考えた」などと、「先送り」を否定するとみられる。
原子力・立地本部長として原発の責任者だった武黒氏と社長(08年6月から会長)だった勝俣氏は、証人たちと直接やり取りしていた場面が少ない。ただ、山下氏の調書に登場した「御前会議」では3被告がそろい踏みしており、この時の「報告・了承」の意味合いや、会議で配られた「想定変更 7・7メートル以上 さらに大きくなる可能性」という資料の認識が焦点となる。3被告を強制起訴した検察審査会は「安全より経済合理性を優先させた」と指摘しており、原発を運転する会社の経営陣としての考え方も問われる見通しだ。