「動く美術館」と呼ばれ、毎年7月に京都の中心街を巡る祇園祭の山鉾(やまほこ)。「鷹山(たかやま)」と呼ばれる曳山(ひきやま)は19世紀に暴風雨や幕末の戦火に見舞われ、巡行への参加が途絶えた。住民たちの手で約200年ぶりに復興を目指す動きが高まり、色鮮やかなトルコのじゅうたんが山鉾を飾る「懸装品(けそうひん)」の一部に採用されるなど、具体的な姿が見えてきた。
鷹山は京都市中京区の衣棚(ころものたな)町を拠点とする大型の曳山だった。鮮やかなじゅうたんで飾られていたとみられるが、江戸時代の1826年の暴風雨で懸装品が損傷。翌年から、鷹(たか)狩りを題材にしたご神体や懸装品を飾るだけで巡行には参加しない「休み山」となった。さらに、1864年の蛤御門(はまぐりごもん)の変に伴う大火で曳山の本体なども焼失した。
地元有志らが2015年に保存会を結成し、22年の巡行復帰に向けて準備を進めている。今年から3年間は、ご神体の代わりに掛け軸を収めた唐櫃(からびつ)(木箱)を担いで歩く「唐櫃巡行」も行う予定だ。
保存会は懸装品についても議論を進めており、今月25日、京都府、京都市の文化財担当者や専門家による審議会で、曳山を飾る前面の「前懸(まえかけ)」と背面の「後懸(うしろかけ)」、左右の「胴懸(どうかけ)」の内容が決まった。
前懸と後懸は、トルコのアンティークじゅうたんを採用し、1枚は約140年前にエーゲ海近くのトルコ南部で制作された鮮やかな赤が特徴のもの(横2メートル、縦1・2メートル)。もう1枚は70年ほど前に東トルコ地方で制作されたもの(横2・2メートル、縦1・5メートル)で、茶色や赤色の複雑な文様で縁取られ、随所に魔よけや絆を意味する模様がある。胴懸にはペルシャじゅうたんが使われる。
■「これは本物…