暗闇の中、水滴がゆっくりと落ちる音がスピーカーから流れる。奥から奇抜なドレスの女性モデルが現れ、ランウェーを歩く。
東京大学の生産技術研究所で今月開かれた、デザイナーとAI(人工知能)の「合作」によるファッションショー「2019秋冬エマ理永(りえ)コレクション エマ理永×AI」の一幕だ。
エマ理永さんがデザインした500体のドレスの画像をAIが学習して多くのパターンを考え、それらをもとに再びエマさんがデザインする。葉や貝殻のほか、放物線や波形を融合させた図柄も使われた。
ファッションで人間とAIが「協業」するという珍しい挑戦は、同研究所と理化学研究所AIP、東大ニューロインテリジェンス国際研究機構が手がける。
エマさんは「AIに負けちゃうと最初は怖かった。エマもAIも作った。両方が共生したのが今回です」。東大生研の合原一幸教授は「囲碁ではAIが人間を超えた。ファッションでどこまでやれるか試したい。本番はこれから」と話す。
ファッションとAIの「コラボ」はほかにも。同じ東大生研の本間裕大准教授(社会システム工学)は、AIによる最新の流行分析システムを開発。オンラインメディアの「ファッションプレス」は、その分析を反映したネット検索を2月に始めた。
グッチなど160ブランドの春夏、秋冬コレクションのたくさんの画像をデータベース化し、AIが分析する。たとえば利用者が気に入った服を選ぶと、ブランドを横断するかたちで関連する服が表示される。検索を通じて知らないブランドにも出会うことができ、コーディネートの参考にしたり、デザイナーがヒントを得たりする。
この仕組みはこんな将来も暗示している。たとえば、服の3次元データが蓄積・分析されていくようになると、オリジナルを重視するかどうかなど、ブランドの特徴や関係性が分かる系統図ができていくという。本間准教授は言う。
「精巧なデータをもとに混ぜあわせるのはコンピューターの得意技。AIで良質なデザインの服をより安価に作れるようになる」
デザインの仕事も変わっていく。単純作業が減り、より創作に集中できるようになるという。新たな価値を創造するには膨大なトライアンドエラー(試行錯誤)が必要だが、本間准教授は「AIはその期間を短縮させる有能な秘書になる。巨匠が生まれる確率が確実にあがる」とみる。
AIはデザインの世界を席巻するのか。「一筋縄にはいかない」とみるのは、業界に詳しい伊藤忠ファッションシステムの太田敏宏さんだ。
太田さんによると、時代背景と相反するものを取り入れるのも、ファッションの世界ではよくあること。「ある程度はAIにやらせ、さじ加減や気まぐれを最後に入れるようになる。ただAIの活用が増えるほど、『何にも頼らない』というデザイナーも出てくるだろう」と話す。
スタイルを先取りしたような生き方をしている人が、群馬県みなかみ町にいる。デザインアトリエを構える福山正和さんだ。
福山さんは元プロスノーボーダーで、04年に東京・代官山でファッションブランドを設立した。当初はおしゃれな服を手がけていたが、自分の「原点」だった山々への思いと美意識が重なり、「SNSでどこでも仕事はできる」と、6年前に移住した。
最初の3年、地元を毎日20キロ近く歩き、気持ちや創作につながる良き日と場所を探した。歩いた総距離は5千キロ。今では最高の気温や天候の日を選び、最高だと感じる場所を訪ね、偶然の直感から、デザインの答えや必要な機能を感じ取りに行く。
その結果、福山さんがデザインする服はスノーボードや釣りのほか、そのまま街歩きもできるアウトドアウェアに。ジャンルを感じさせず、背後には「物語」もある。数人で手がける受注生産ながら、共感するアウトドア派の30~40代から支持を得ており、昨年からは他のブランドから協業のオファーも舞い込むようになった。福山さんは言う。
「いずれAIも使ってみたい。でも僕がこの現場でやっていることはできない。現場は僕のブランドの裏付け、表現なんです」(鳴澤大)