直木賞受賞作「流(りゅう)」などで知られる作家・東山彰良さんにとって、今年は転機の年なのだという。大学非常勤講師との「二足の草鞋(わらじ)」から専業作家へ。人生の変化にどう向き合うか。そう考え始めたとき、声をかけられた。旅に出ませんか、と。そうして始まった旅の第一歩は、空から海峡越しに故郷台湾を眺めようと、朝日新聞社機で日本最西端の与那国島へ――。
春の兆しが日に日に強まっていくころ、私は朝日新聞社の小型ジェット機「あすか」に乗りこみ、台湾を上空から鳥瞰(ちょうかん)すべく福岡空港を飛び発った。
なぜそんなことをするのかと言えば、理由は単純明快、この旅をドドンと派手に始めたかったからである。
私にとって、今年は転機の年だ。長らく作家業と大学非常勤講師という二足の草鞋(わらじ)を履いてきたが、50歳を迎えたのを潮に専業作家になった。子供たちは成長し、彼らが赤ん坊のころに私を怯(おび)えさせた現実は静かに遠ざかろうとしている。悲喜こもごもの、あのかまびすしい日々を私はこれから懐かしく思い出すことだろう。じつのところ、もうすでに懐かしい。子供たちのおかげで私は父親になれた。それはとても素晴らしい経験だった。彼らが巣立ったあと、私はこれからゆっくりと心の空白を埋め、時間をかけて本来の自分自身を取り戻していかねばならない。まさにそんなとき、顔馴染(なじ)みの記者に持ちかけられたのである。
旅に出ませんか、と。
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