この夏、芝浦工大柏(千葉県)の鈴木悠真(ゆうま)君(3年)は背番号19をつける。夏の大会、最初で最後のベンチ入りをつかんだ。
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一昨年11月、同じクラスの野球部員にこう打ち明けていた。「おれ、野球部やめるかもしれない」
今は野球をやめずに続けてきて良かったと思う。でも、あの時は悩んでいた。野球が嫌になるくらい。
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硬式野球は中学でやっていた。高校でも続けようと野球部に入ったが、すぐに苦手の守備で壁にぶつかった。ゴロをはじく。フライを落とす……。チームメートは当たり前のようにできるのに、エラーをした。
「続けても試合に出られないなら、早めにやめた方がいい」。1年の夏にはそんな思いが芽生えた。
8月頃、思うように投げられない「イップス」にも悩まされるようになった。顔の横あたりで、腕がいったん止まってしまう。力のない返球だったり、制球が定まらなかったりした。
1カ月ほどたった日の夕食後、両親に打ち明けた。「野球部をやめたい。陸上部で砲丸投げをやろうかと思う」。砲丸投げは体育で記録が良かった。元陸上部の父親は反対した。「中途半端な気持ちでやっても、結果は出ないぞ」
野球のことを考えると、気が重かった。早くグラウンドに行って自主練をする仲間もいたが、着くのはいつも練習が始まるぎりぎり。肌寒くなる11月、授業の間の休み時間、クラスの野球部員に伝えた。
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「悠真、部活やめるらしいよ」。現主将の鈴木博明君(3年)はチームメートからそんな話を聞いた。できるなら、引き留めようと思った。「せっかく一緒に入った仲間なのに」
11月下旬、遠征帰りの列車内で、本当にやめるのか尋ねた。
勉強に集中したい、ほかのことに挑戦したい、野球が下手だから迷惑をかける……。いくつかの理由を聞いた。意思は固いようだったが、ほかの部員と一緒に思っていることをぶつけた。「同じ学年は12人。1人も欠けてほしくない」「もう少し続けようよ」
数日後、返事があった。「やめないで頑張ってみようかな」
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悠真君は正直、迷いながらだった。でも、練習は休まなかった。厳しい冬の体力トレーニングもやりきった。
2年の夏の大会はベンチ入りできなかった。でも、練習後に仲間とやり続けてきた筋トレの効果が徐々に出始めた。入学した時に65キロだった体重は80キロ超に。長打が出るようになった。
新チームになり、代打で出場する機会が増えた。少しずつ野球が楽しくなってきた。毎日のように家でバットを振った。父親が投げるバドミントンの羽根を打つ練習も繰り返した。
この春の県大会地区予選。満塁の好機で代打として呼ばれ、打席に立った。
手応えのあった打球は左翼へ。全力で走った。二塁を回ったところで止まり、ボールの行方を確認した。おかしいな、返球されてこない。
入っている、という三塁コーチの声が聞こえた。「おっしゃー」。両手を思いきり握りしめ、叫んだ。生まれて初めての満塁ホームランだった。
次の打者として見ていた博明君も喜んだ。「夏も活躍してくれるんじゃないか」。真っ先にハイタッチで迎えた。
福田允(まさし)監督(34)は言う。「打席に立つと何かやってくれるんじゃないかと期待させてくれる。代打の切り札です」
最後の夏、悠真君は先発できるか分からない。それでも練習に打ち込み、全力で準備している。「支えてくれたチームのみんなに、自分のバットで恩返ししたい」。好きになれた野球を一日でも長くやるために。(小木雄太)