製紙業界2位の日本製紙グループ本社が3日、業界首位の王子製紙から敵対的TOB(株式の公開買い付け)を仕掛けられている北越製紙の株式を取得すると発表し、業界1、2位の生き残りをかけた「北越争奪戦」が火を噴いた。大きな成長が望めず、価格競争にしのぎを削る業界だけに、王子が北越の経営権を握ることへの日本製紙の危機感は強い。一方、王子がTOB価格引き上げなど戦略変更を迫られるのは必至だ。王子が引き金を引いた業界再編の行方は混とんとしてきた。【川口雅浩、瀬尾忠義】
◇本音は[支配」?
「王子による買収強行は、製紙業界の秩序を乱す恐れがある」
日本製紙の中村雅知社長は3日の緊急会見で、王子のTOB阻止に向けて、「北越株(議決権ベース)を10%未満取得する」と発表した。日本の市場で北越株をひそかに買い進め、同日現在の保有比率が8・49%であることも明らかとなり、市場で北越株の買い増しは成功する可能性が強いと見られる。
日本製紙が王子のTOB阻止に踏み切った背景には、王子の北越買収を成功させてしまえば「洋紙事業の規模で王子に並ばれ、連結売上高で明確な差をつけられる」との危機感がある。そこで、日本製紙は、北越株約10%を取得して、王子のTOB成立を難しくするだけでなく、北越の第三者割当増資に応じて24・4%を保有する予定の三菱商事と歩調を合わせ、業界再編の鍵を握る北越の経営に対する発言権を確保したいと考えているようだ。
実際、日本製紙は、三菱商事が北越の筆頭株主になることも容認。その上で、「三菱商事、北越との間で緩やかな協力関係を築くための協議に入りたい」と3社提携を提案した。
これに対し、北越も日本製紙との提携協議に前向きな意向を表明した。みずほ証券の高橋光佳シニアクレジットアナリストは「北越は独立性の強い経営を維持できるプラス面もあり、日本製紙との提携に応じる可能性が強い」との見方を示す。
一方で、日本製紙は「北越の経営支配権の獲得が目的ではない」と強調しているが、懐疑的な見方も少なくない。大和総研の安藤祐介シニアアナリストは「株取得には『北越が欲しい』というメッセージが隠れている」と指摘する。(1)王子の敵対的TOBを阻止(2)北越との提携(3)その後、三菱商事から株を買い取り、一気に北越の筆頭株主に躍り出る--という見立てだ。ある証券アナリストは「日本製紙は堂々と敵対的TOBをやればいい。これでは寝技だ」と指摘した。
日本製紙の登場で、王子の敵対的TOBの成否は不透明感を増したが、「独立経営」の維持を目指してきた北越の選択肢は、一段と狭まったともいえる。市場では「北越は、王子か日本製紙か、どちらかの陣営に入るしかなく、独立経営の道は閉ざされた」(大手証券)との見方も出ている。
◇鍵握る三菱商事
王子は今のところ、1株当たり800円でのTOBを続け、北越株の50%超を買い取る方針を変えていない。しかし、日本製紙の参入によって、北越株は値上がりが予想される。3日の終値は830円だったが、株価が800円を大きく上回る状況が続けば、株主はTOBに応じるより、市場で売却した方が有利になる。そうなれば、王子は買い取り価格の引き上げを余儀なくされそうだ。
また、日本製紙の参戦によって、王子がTOBで北越の経営権を握る意味さえ薄れかねない。日本製紙が北越株の10%近くを取得し、三菱商事がそれに歩調を合わせた場合、両社合わせた保有比率は約34%になる。この数字に大きな意味があるからだ。
株主総会で定款の変更や営業権の譲渡、合併など、会社経営の根幹にかかわる重要事項を決める特別決議には株主の3分の2以上の賛成が必要になる。王子が過半数の株式を握って、重要事項を株主総会に提案しても、日本製紙と三菱商事が反対すれば、特別決議は成立しないことになる。それだけ、王子が握った経営権は制限されることになるわけだ。
また、王子は、三菱商事の増資引き受けや北越の買収防衛策について、法令に違反する疑いがあるとして、事前差し止め請求など法的措置を検討しているが、日本製紙の株式取得は市場での取引なので、対抗措置をとることもできそうもない。
そこで大きな鍵を握るのが、三菱商事の動向だ。北越と友好関係にある三菱商事が、日本製紙の提携協議に応じて3社連合を組むのか否か。市場では「三菱商事が経済合理性から王子に保有株を売却する選択肢も完全には否定できない」との見方もある。そうなれば、日本製紙が北越株を取得する意義は大きく減退することになる。
日本初の大企業同士の敵対的TOBの行方は、まったく見通せない状況になってきた。
毎日新聞 2006年8月4日