【ベイルート山科武司】7日夜にイスラエル軍の空爆を受け、少なくとも15人が死亡したベイルート南部シーヤ地区では8日朝から、重機を使った行方不明者の捜索が続いている。「世界は我々を見殺しにするのか」。遺体の捜索・収容作業にあたる作業員や住民の間からは悲痛な叫びが漏れた。
現場は5、6階建てのビルが軒を寄せ合う住宅地。空爆でビルの一つが跡形もなく崩れ去っていた。ショベルカー2台ががれきの山を掘り崩すたびに作業員が穴をのぞき込み、遺体がないかを確認する。周囲のビルも爆撃の衝撃でひびだらけだ。「危ない!」。叫び声が上がり、間もなくビルの壁が記者の5メートル先に崩落した。
がれきの山の周囲でどよめきが起きた。50センチ四方ほどの人間の皮膚が見つかった。既に回収された遺体のものか、別の遺体の皮膚かは分からない。作業員の一人が丁寧に袋に包み、待機する救急車に収めた。
崩落したビルには、レバノン南部から避難してきた5家族が暮らしていたという。「3家族が遺体で見つかった。まだ2家族が見つからない」。爆撃当時、ビルの向かい側にいたアリ・アルサムラさん(41)は衝撃で5メートルほど吹き飛ばされたが、奇跡的に無傷だった。「彼らは(イスラム教シーア派民兵組織)ヒズボラではない。普通のシーア派の人々だ。ようやく南部から逃げて来られたというのに……」
まだ15、16人の行方が分からず、全員が死亡した可能性もあるという。14歳の甥(おい)が行方不明となったアヤッド・アマークさん(55)は「神に祈るほかないが、どうして我々が犠牲になるのか」と顔をゆがめた。
シーヤ地区はヒズボラの拠点ハレトフレーク地区の北側に位置しているが、これまで空爆を受けておらず、レバノン南部からの避難民が多数流入していた。それだけに人々の衝撃は大きかった。「イスラエルは無辜(むこ)の人々を虐殺している。国連は何をしているのか」。ディージャ(33)と名乗る青年が怒りを爆発させた。
毎日新聞 2006年8月9日