野球評論家の豊田泰光さんが話していた。「観客が満足する野球は二つしかない。予想通りの試合と予想を超える試合だ」
野球ファンは、いつも次のプレーや展開やさい配を予想しながら試合を見る。好きなチームの主砲が打席に立てば、期待を込めて本塁打を予想し、その通りになれば感動する。しかし、たとえ相手チームの打者であっても、場外に消えていく超特大のホームランだったら、すごいものを見たな、とこれまた感動する。逆に言えば、観客は予想以下の試合には、不満を抱く、というのだ。
この夏の甲子園は、満足度の高い試合が多い。1回戦屈指の好カード、横浜対大阪桐蔭は、中盤までは予想通りレベルの高い攻防を満喫し、その後は桐蔭の3、4番の連続特大アーチという予想を超えるプレーも味わえた。
終盤、粘っての大逆転という試合も多い。予想を超えるタイプの代表だ。力が劣ると見えたチームが、好勝負を繰り広げる試合にも、予想以上だからこその面白さがある。負けたら終わりのトーナメントでは、大差がついてもあきらめないから、思いもよらない展開が増えて面白いのだ。
話は変わってプロ野球。来季からのポストシーズンゲーム(PSG)に関する論議の焦点は、いまや交流戦の試合数で優勝決定方式は忘れられているようだが、高校野球を見ていて思った。PSGをやるのなら、プレーオフで優勝を決めてほしい。日本シリーズ進出権だけがかかるセ・リーグ案のPSGでは、プレーオフほどの張り詰めた空気にならない気がするのだ。
ここ2年のパ・リーグのプレーオフは、日本シリーズよりも面白かったと私は感じた。短期決戦のプレーオフは負けたら終わりのトーナメントに近い。だからこその緊迫感が、期待以上の熱戦につながった。それに比べると日本シリーズは「もうリーグ優勝はしたもんね」という達成感が、どこかにゆるみを生じさせるのではないだろうか。
パがプレーオフをやっていなければ、あの面白さを見ていなければ、日本シリーズ出場決定カップ戦でもよかったが、もう遅い。日本一を何度も経験した西武・伊東勤監督をして「プレーオフは第1戦の初球から手が汗びっしょりだった」と言わせたほど密度の高い試合方式がなくなるのは、あまりにもったいない。(専門編集委員)
毎日新聞 2006年8月11日