【ウィーン会川晴之、ワシントン吉田弘之】北朝鮮が核実験に踏み切ったことで、世界の核不拡散体制は崩壊の瀬戸際に立たされた。米国を中心とする国際社会は、米国が「ならず者国家」と指弾する国の核兵器開発を阻止する有効な手段を持たないことを実証してしまった。核不拡散体制のほころびで、イランだけでなく他の中東諸国などが核武装に走る「ドミノ現象」に発展する事態も懸念される。
世界の核兵器開発の歴史は長崎、広島への原爆投下後、核兵器廃絶を求める動きと、冷戦時代を生き抜くための「究極の兵器」として開発を推進する動きのせめぎ合いでもあった。1960年代、15~20カ国が核保有の是非について国内で議論を重ね、一部は具体的計画も持っていた。
米英仏中露以外の国の核兵器保有を阻止するため70年に発効した核拡散防止条約(NPT)は、こうした動きを抑制する効果があった。だが74年にインド、98年にパキスタンが核兵器開発に成功、今回の北朝鮮の核実験で条約の有効性に対する疑問は高まり、世界は60年代の状況に逆戻りする懸念さえ出ている。
米国は80年代に北朝鮮の原子炉建設を偵察衛星で察知し、90年代には米中央情報局(CIA)が北朝鮮が1~2個の核兵器を持ちうると判断していた。だが北朝鮮に核兵器開発を断念させる外交努力は94年の米朝合意を挟み、北朝鮮に翻弄(ほんろう)される形で失敗に終わった。
一方で、核開発を進めるイランは「平和利用」を主張し核兵器開発の意図を否定して、核活動停止を求める国際社会と対立している。米国は現段階で、イランの核施設に対する限定空爆は周辺国などに大きな影響を与えると見て選択せず、国際社会の外交努力に歩調を合わせている。だが問題は進展を見せず、北朝鮮問題と同様の閉塞(へいそく)感が漂う。
米シンクタンク「アメリカン・プログレス」の核不拡散専門家、ジョセフ・シリンシオーネ氏はNPT体制の将来の成否の分岐点として五つの問題を挙げる。「北朝鮮」「イラン」「核燃料再処理」「核物質・技術管理」、そして米国が昨年7月、インドへの核技術供与を認めた問題だ。米国のインドへの核技術供与は、NPT体制に参加していないインドを事実上、核保有国として認めることになり、核兵器開発を考える国々に誤ったメッセージを与える可能性がある。
北朝鮮が核実験を強行した今、米国が懸念しているのは、北朝鮮からイラン、シリアなどへの核技術拡散問題だ。核兵器はミサイルと比べ輸送も容易なため、北朝鮮が核兵器を転売する可能性も排除できない。このため、米国は船舶の臨検などを実施する大量破壊兵器の拡散防止構想(PSI)などを強化する考えを打ち出している。
また核兵器に直結するウラン濃縮や核燃料再処理技術の拡散防止の観点から、国際原子力機関(IAEA)が中心となって、これらの技術を国際的に管理する構想が検討されている。しかし、核不拡散体制の再構築に絶対的な解決策はないのが現状で、多重、多層的な取り組みが迫られている。
毎日新聞 2006年10月10日