メキシコは危機に陥っている。メキシコは危機に陥っていない。どちらの言い方も正しい。
原油安にもかかわらず、メキシコ経済は安定し緩やかだが成長している。英国に公式訪問中のエンリケ・ペニャニエト大統領は、経済成長を押し上げる重要な改革を推し進めてきた。
英国を公式訪問したメキシコのペニャニエト大統領(中央)(3日、ロンドン)=AP
しかし、メキシコは憂鬱だ。汚職と法治の欠如に堪えられないでいる。学生43人が地元警察に通じた犯罪組織に殺害されたとされる事件や、大統領夫人が所有する邸宅の建設で国営の請負業者が優遇されたとされる件など、数々の疑惑が気まずいムードを強めている。そうした出来事は、現政権よりも以前からあった停滞の兆候であり、停滞の原因ではないが、そうした事態はうまく対処されていない。
大統領は、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙のインタビューで大衆が幻滅を感じていることを初めて認めた。メキシコは「不信と疑惑」に苦しんでおり、政府は「進む方向性を考え直す」必要があるとした。願わくばこれが転換点になると思いたい。もしそうでなければ、(英訪問の際に大統領が)エリザベス女王と金の馬車に乗ったことで、大統領がメキシコ国民が抱えている問題よりも華美な装飾と外交儀礼を重んじているのは明らかとの批判を招きかねない。
大統領の功績を否定するわけではない。彼の政権はいくつかの抜本的な改革を実施し、メキシコを多くのライバル国家と一線を画す存在にすることが可能になった。寡占状態の通信は開放され、法人税の抜け穴は塞がれた。国営エネルギー会社に対する民間投資もおよそ80年ぶりに解禁した。こうした歴史的変革は、時がたてば、落ち込む原油生産量を押し上げ、企業と消費者のエネルギーコスト削減につながるだろう。こうした状況に加え、自由貿易に対する努力と多様化する経済のグローバル・サプライ・チェーンへの組み込みが進み、メキシコは21世紀において戦略的に有利にみえる。上述の価値を共有する国である英国への公式訪問が行われたのは、こうした論理が背景にある。
■汚職と強要が日常を覆うメキシコ
それでもなおメキシコの経済改革は、同国が必要とする半分にとどまっている。もし繁栄を望むなら、法治の立て直しがより急務だ。すべての国民と多くの外国企業は常に汚職の問題に悩まされている。メキシコの本当の問題は汚職と強要が日常を覆っていることだ。「ラ・トゥータ」のような犯罪組織のボスの逮捕は役立つかもしれない。だが、腐敗した国家の機関・組織を悩ますのは、むしろ組織によらない犯罪の方なのだ。