ギリシャの叙事詩が続いている。自分は神話にしがみついているのだということに当事者が気づかない限り、良い終わり方をすることはないだろう。以下に神話(注:「根拠のない話」という意味)を6つ挙げる。いずれも、問題解決を妨げる知的、感情的な障害をもたらしているものだ。
■I ギリシャの離脱はユーロ圏のためになる
壁のグラフィティには、救世主に似せたチプラス首相が描かれている(アテネ)=AP
「この小うるさい司祭をわしから遠ざけてくれる者はおらぬか」。これはイングランド王のヘンリー2世がトマス・ベケット大司教について口にしたとされている問いだ。ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相はギリシャの交渉相手に対し、全く同じ思いを抱いているに違いない。
このイングランド王の願いはかなえられたものの、災いをもたらすこととなった。もしギリシャがユーロ圏を離脱すれば、同様の展開になる公算が大きい。確かに、離脱がもたらす悲惨な影響にギリシャが苦しむことになれば、欧州各地のポピュリストによる政治運動はその分効果的でなくなるだろう。だが、ユーロ圏への参加は取り消しできないものではなくなってしまう。そうなれば今後、危機が起きるたびに、市場を不安定にする憶測が生じることになりかねない。
■II 離脱はギリシャ自身のためになる
ギリシャが弱い新ドラクマ通貨を導入すれば、痛みを感じずに繁栄への道をたどれると考えている人が多い。だがそれが正しいのは、国際的な競争力を持つ財・サービスの生産を容易に増やせる場合に限られる。ギリシャにそういう力はない。
そして、離脱直後には為替管理、デフォルト(債務不履行)、外国への信用供与の停止、そして政治の混乱の拡大などが引き起こされる公算が大きい。安定した通貨には一定の価値がある。うまく運営されていない国では特にそうだ。ユーロを捨てることは代償をもたらす。
■III 悪いのはギリシャだ
ギリシャへの貸し付けを強制された人は誰もいない。当初は民間の銀行がギリシャ政府に、ドイツ政府向けの貸し付けと全く同じ条件で喜んで資金を貸し付けていたのだ。しかし、ヤニス・パレオロゴス氏の著書『The 13th Labour of Hercules(ヘラクレスの13番目の難行)』が活写しているように、ギリシャの政治がどのようなものであるかは秘密でも何でもなかった。
そして2010年、ギリシャが借金を返せないことが明白になった。諸外国の政府(そして国際通貨基金=IMF)は必要だった債務減免に同意するのではなく、ギリシャの借り換えに応じることで民間の債権者を救済することを決めた。ここから、返済期限を延長して問題がないふりをする「extend-and-pretend」のゲームが始まった。愚かな貸し手は損をする。昔からそうであり、今日でもそれに変わりはない。