写真④かつてにぎやかだった通りのベンチに座り、トラフィカント氏への思いなどを語るミグリオッジさん=オハイオ州ジラード、金成隆一撮影
■「トランプ王国」を行く:1 @オハイオ州ヤングスタウン
♪父は溶鉱炉で働いた 炉を地獄よりも熱く保つ仕事
父はオハイオで職に就いた
特集:米大統領選挙2016
第2次世界大戦から帰還後のこと
今では鉄くずとがれきが残るだけ
ここの工場で作った戦車と爆弾で戦争に勝った
朝鮮やベトナムに息子たちを送り出した
今になって思う 一体何のために死んだのかと
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米国の労働者階級に育ち、反戦や貧困、人種差別など社会の底流に流れる問題をテーマに歌い続ける「ボス」ことブルース・スプリングスティーン=写真①=が作った「ヤングスタウン」の抜粋だ。
この米北東部オハイオ州にあるヤングスタウンという町は、歌詞にもあるように、かつては鉄鋼業が栄えたが、今は衰退してしまい、失業率が高く、若者の人口流出も激しい。まさに、「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)の典型的な町だ。
そして、共和党候補のトランプ氏の人気が高い地域でもある。
ニューヨークから車でヤングスタウンに入り、街の東の外れにある「シティー・リミッツ・レストラン(City Limits Restautant)」という食堂に入った。
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「ジム・トラフィカント(James Traficant)って聞いたことあるか? 2年前に事故死してしまったが、ここのトランプ人気を知りたければ、彼を調べるとおもしろいよ。とにかく、2人はそっくりなんだ」
地元マホニング郡で22年間、保安官代理を勤めたデイビッド・エイさん(52)は、オムレツをほおばりながら、こう教えてくれた。トランプ氏の熱心な支持者だ=写真②。
エイさんは続けた。
「トラフィカントはヤングスタウン(第17選挙区)選出の下院議員で、今のトランプと同じことを主張していた。彼は首都ワシントンで暮らしていた時、普通の政治家が立派な家に暮らすのに、なんとポトマック川に係留した木製の小型ボートで暮らしていたんだぞ。まあ、トランプにそれはできないだろうけどな」
隣の席に座っていた住宅管理人ビクター・ヘルナンデスさん(49)と家具職人カート・エンスリーさん(53)も、さっきまで雑談していたのに、トラフィカント氏の話になると黙って聞いている。
「彼の伝説が始まったのは、製鉄所の相次ぐ閉鎖で失業者が急増していた1980年代。家賃を払えなくなった労働者に対し、裁判所は自宅からの強制退去命令を出した。しかし、保安官だったトラフィカントは『労働者は悪くない』と宣言して執行命令を無視し、刑務所に送られたんだ。労働者の味方だった」
気付けば、オムレツを食べ終えていたエイさんが涙目になっている。ヘルナンデスさんもエンスリーさんも妙にしんみりして、「彼は真のヒーローだったんだ」とつぶやいた。
地元紙などによると、トラフィカント氏=写真③=は、ヤングスタウンのトラック運転手の末っ子。高校時代とピッツバーグ大学では、アメリカンフットボールのクオーターバックとして活躍した。
保安官として強制退去の執行命令に背いた際は、3日間刑務所に送られた。また、川の木製ボートを売った後は、議会の事務所で寝泊まりしていたという。
84年、連邦下院議員選に民主党から立候補して初当選。首都ワシントンに行っても「反エスタブリッシュメント(既成勢力)」の姿勢を貫いたことで厚い支持を固め、連続8回再選を果たした。
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食堂で別れてから数日後、エイさんからテキストメッセージが届いた。トラフィカント氏の演説に関する動画だった。
「国境が開いたままで、どうやって国の安全を守るんですか? 国境を越えるのは、仕事を求める無実のメキシコ人ばかりと思いますか? 銃の密輸業者、テロリスト、薬物の密輸業者のことを考えてみて下さい」
トランプ氏の演説とそっくりだ。トランプ氏の場合、「レイピスト(強姦(ごうかん)者)」とまで呼んだが。
さらにトラフィカント氏は続ける。
「海外派遣中の軍隊1万人を帰還させ、国境を守るために配置しましょう。そんな提案をしたら、私は人種差別主義者(racist)とか偏見を持つ人(bigot)とか批判されたんです」
トランプ氏の「国境沿いの壁」とは異なるが、国境警備の強化という趣旨はまったく同じ。批判される時の言葉まで同じだ。演説もうまい。
「私の話を聞いていて、皆さん思ったでしょ、米国には国境警備隊がいるって。そうじゃないんです。国境の2マイル(約3キロ)ごとに1人しかいないんですよ。ご近所で2マイル先を想像してみてください。その間に1人だけですよ。米国には国境警備なんてないんです。彼らがダメだって言っているんじゃなくて、人数が足りていないって言っているんです」
もちろん雇用も得意テーマだった。
「もはや絶滅危惧種ですよ、雇用は。一つの職に100人が応募するんですから」「ウィスコンシン州のハーレーダビッドソン社が組合に言いました。『妥協が成立しないと、ウィスコンシン州を出て行く』と。税制とか規制が企業の重荷になっている。米国の労働者は今や、自国の国内政策の犠牲者なんですよ」
具体的な社名を挙げる点も、トランプ氏とそっくりだ。トランプ氏が演説で多用したのは、メキシコ移転を発表していた空調機器メーカー「キャリアー」だった。
自由貿易を徹底的に批判するのも同じだ。
トラフィカント氏が中でも標的にしたのが、同じ民主党のビル・クリントン大統領が署名し、94年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)だ。トランプ氏はいまNAFTAの「再交渉か離脱」を掲げている。
トラフィカント氏が当時「大統領だろうが、民主党だろうが、共和党だろうが関係ない。これ以上、人々の力を弱める法案には反対だ」と下院で訴えた演説は、いまも地元の語り草になっている。
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トラフィカント氏の晩年は不遇だったようだ。2002年に収賄で有罪判決を受け、議会を追放された。ワシントン・ポスト紙によると、南北戦争以来で議会を追放されたのは2人目。09年に釈放されたが、14年9月にトラクターで転倒事故を起こし、ヤングスタウン市内の病院で死去した。73歳だった。
トランプ氏が大統領選への立候補を表明したのは、トラフィカント氏の死から9カ月後だった。
労働組合で委員長も務めた元道路作業員のジョン・ミグリオッジさん(48)=写真④=は、やはり勤務先の製鉄所で労組委員長だった父がトラフィカント氏の熱烈な支持者だったこともあり、トラフィカント氏の初当選の時から選挙を手伝った。子どもの名前も一回で覚えるトラフィカント氏を「魅力的な人だ」と心底おもった。
ミグリオッジさんは今回の大統領選でトランプ氏の支持に回っている。
「トラフィカントは批判を恐れず、労働者の本音をありのまま口にした。批判なんて全然気にしない。顔のツラが厚いところもそっくり。でも民主党の方針に背き続けたので、最後は収監されてしまった。トランプが共和党主流派から足を引っ張られているのと、まったく同じなんです」
トラフィカント氏は地元を代表するローカル・ヒーローだった。一方、今回の大統領選で、トランプ氏の躍進ぶりは全米に広まっている。その理由について、トラフィカント氏が80年代から繰り返していたという警告が、まるで予言していたかのようで興味深い。
「今の(庶民切り捨ての)貿易政策などを続ければ、いまヤングスタウンで起きていることが、やがて全米各地で起きるだろう」
■共和党予備選でのトランプ氏と2位候補の得票率
ヤングスタウンがあるオハイオ州マホニング郡
トランプ氏 50.6%
ケーシック氏 37.4%
(政治ニュースサイト「ポリティコ」から)