筆が付いた無限軌道車を無線操縦で走らせ、紙に絵を描く吉永剛史さん=大阪市住之江区西加賀屋3丁目
大阪市住之江区の障害者通所施設「デーセンターいるか」が、無線操縦の小さな無限軌道車の後部に筆を取り付け、紙上を走らせて絵を描く「ラジコンアート」に取り組んでいる。ゆっくりと動かせば絵の具がたっぷりのり、速く走らせればかすれ気味になる。表現は自由自在だ。
電池式の無限軌道車は縦40センチ、横30センチ、高さ20センチほどで、後部に筆が取り付けてある。前後左右の方向や速度を手元で調整する無線の操作機は、障害の程度に応じてレバー式とボタン式が選べる。描き手は補助者にスタート位置や向き、絵の具の色や量、筆の太さを指示する。途中で使う絵の具や筆を替えながら作品を仕上げていく。
車いすに乗った吉永剛史さん(33)=大阪市住之江区=は、10年ほど前から取り組むベテランで、これまで約100作品を仕上げてきた。勢いのある線や、無限軌道の跡を模様として生かす独特の手法が評価され、これまで5点が1万~5万円で個人収集家らに売れた。吉永さんは「作品ができあがっていくのが楽しい。見た人に褒められるとうれしい」と話す。
施設代表で芸術家の伊原セイチさん(56)は「ラジコンアートは命の啓発活動」と位置づける。障害者は思い通りの作品を完成させることで達成感を得られ、伸びやかな作品は鑑賞者の心を揺さぶるからだ。
きっかけは施設に通っていたある男性の死だった。
1996年から車いすで通っていた吉見有平さんは、脳性まひで体をうまく動かせなかったが、全身を使って紙とペンで絵を描いたり、無線操縦の玩具で楽しんだりして毎日を快活に過ごし、皆の人気者だった。だが98年1月、肺炎で20歳の若さで急逝した。
吉見さんをしのぶ日々を過ごしていた伊原さんは翌春、「好きな無線操縦装置で絵が描けたら吉見君も喜んだだろうな」と思いついた。
絵を描く紙の周囲を木枠で囲って無限軌道車の動く範囲を制限し、色を補助者に指示しやすいように色彩一覧表を作るなどの工夫や改良を重ね、2002年から通所者に動かし方を指南。現在は吉永さんら約10人が取り組んでいる。
伊原さんは「障害があっても絵を描くことを楽しみ、生きがいを持てる人が増えてほしい」と広く参加を呼びかけている。問い合わせと見学はデーセンターいるか(06・6685・2135)。(吉川喬)