安冨歩さん(本人提供)
3月8日は国際女性デー。男性として生まれ、3年前に女性装を始めた東大教授の安冨歩さんは、「幸福は手に入れるものではなく、感じるもの」だと語ります。
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学生時代はむしろもさかったのでそうでもなかったのですが、25歳あたりから急にモテ始めたんですよ。「あれ? 私かっこよくなったのかな」と思ったら、大間違い。女性は25歳を過ぎると、男を選ぶ基準が変わる。それまではかっこいい男を求めていたのが、社会的地位や生涯賃金を計算するようになり、条件に走るんです。
■「京大卒の東大教授」つかんだ元妻は…
でも、幸福って、「手に入れるもの」じゃなくて、「感じる」ものなんですよ。
背が高くて、学歴が高くて、所得が高い人と結婚すれば幸福になれるわけじゃないんです。「京大卒の東大教授」をつかんだ元妻は、生活の場では明らかに私のことを嫌っていました。彼女は30代の時に、「(ブラウン管の)テレビのスイッチを切った時に画面がシュンと消えていくみたいに自分の人生がなってる気がする」と言ってました。
好きでもない人と結婚して不安や苦痛を感じるような人生なんて、意味がないです。本当に好きな人と、ともに幸福を感じられる人と家族になってください。そのためには、自分が幸福かどうかを正確に感じられる人間になることです。「感じる」ということはとても大切ですが、それは簡単なことではありません。
嫌なことを我慢して自分を抑え込んでいると、確かに痛みを感じなくなりますが、同時によろこびも感じなくなります。私がそうでした。
■女であることを忌み嫌っていた母
物心がついた頃から生きているのが苦しくて、いつも鉛色の空のような気分だった。小学生の頃から通知表はほぼオール5でしたが、母は「ふーん」。そして、般若面のような顔で「もっといい子にしてたら、何でもしてあげるのに」って言うんですよ。衝撃的に覚えてますね。
自分の感受性を押し殺し、親が臨むような右肩上がりの成功を続けないと、愛情を与えてもらえないんだという恐怖。生存切符を毎日発行してもらっているような日々でした。
母の思惑通り、私は京都大学へ進学し、大手銀行を経て研究の道に進み、大学教授になりました。「エリート」の完成です。でも、幸福とはほど遠く、中高生の頃はいつも自殺衝動と無差別殺人の衝動と闘っていました。大事件が報道されるたびに、「ああ、よかった。あんなことせずに済んで」と思っています。
母は自分が女であることを忌み嫌っている人でした。親の大反対を押し切り、夜間の教育大学へ行って教師の資格を取得。でも、同じく教師の父と結婚した後、死産を経験して、辞めざるを得なかったそうです。女の自分は、社会で自己実現ができない。その絶望感が、息子に向かったのだと思います。
若い女性たちには将来、「子どものためを思って」というもっともな言い訳をして、自分の虚栄心を満たすために子どもを抑圧するような親には、決してならないでもらいたい。子どもっていうのは、そこにいるだけでいい存在だと受け入れてもらわないと、健全に育たない。たとえ、表面的にはエリートになったとしても、幸福を感じられる大人にはなれないんです。
■不安の最大の根源、女性性の抑圧だった
そのためには、自分自身が、自分自身の人生を全うする必要があります。それはとても怖くて大変なことですが、自分自身が偽りの人生を生きながら、子どもを愛そうとしても、それは無理な相談なのです。
そのことに気づいたのは3年前、50歳になってから。女性装を始めたことが転機になりました。女性の格好をして、女性として扱われると、不安が消えていく。私の不安の最大の根源は、自分の中の女性性を抑圧していたことだったんです。それから、絵を描いたり音楽を作ったり、芸術表現を楽しむように。ずっとそうしたい思いを持っていたのに、男性を演じていた時は「どうせ無理」と抑圧していたんです。
日本は先進国として信じられないほど男女差別が根強い社会です。世界各国の男女平等の度合いを指数化した世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数」で日本は111位。悲惨な状況です。
東大が女子学生向けの家賃補助制度を始めることが話題になりましたが、それだけで女子学生が増えると思います? 彼女たちが東大に来ないのは、東大に入っても幸せになれないから。青春を犠牲にして猛勉強して、男性たちと同じレースに参加しても、いまだに上場企業の女性役員は数えるほどしかいない。東大教授の女性比率は2000年の1%から飛躍的に伸びたけど、それでも6%。これって世界のトップクラス大学と比べて絶望的な数字です。だったら、もっと結婚しやすい、ほどほどの大学に行こうと思うのも無理ないですよね。
日本のあるNPOがウガンダの女子中学生に生理用ナプキンを配る活動を展開しています。それはすばらしいことですが、ウガンダはジェンダーギャップ指数が5位。どちらが支援を受けるべき国なのでしょうか。
■女性たちは自らの感覚を信じて
現代の経済の競争力の核心は、技術や知識ではなく、感性にあります。何も感じないエリート男性たちが、陣取りゲームをやって必死で働けば儲かった時代はとっくの昔に終わっている。この国の感受性を守り、創造性を回復することができるのは女性たちです。日本の女性は男性よりもシステムに組み込まれずに生きることが容易なのです。それゆえ、自分自身の感受性を守り、何が好きで、何が嫌いか、を判定する能力を保持している人が多いと私は感じています。
女性たちが自らの感覚を信じ、自分自身の能力に怯えなくなった時、日本は衰退を脱し、ジェンダーギャップ指数も改善に向かうはずです。(聞き手・杉山麻里子)
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やすとみ あゆむ 1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部を卒業後、住友銀行に2年間勤務。97年、京大大学院経済学研究科から博士号(経済学)を取得した。2000年、東京大学大学院総合文化研究科助教授を経て09年に同大東洋文化研究所教授。14年から女性装を始める。著書に「生きる技法」「ありのままの私」、「マイケル・ジャクソンの思想」など。