鯨井祥敬君のグラブ。4兄弟の名前の頭文字と鯨の絵が入っている=兵庫県西宮市の鳴尾浜臨海公園野球場
野球4兄弟の末っ子が、ついに甲子園の土を踏んだ。東海大市原望洋(千葉)の鯨井祥敬(くじらいよしひろ)君(3年)。兄3人も同校の野球部員だった。「先輩」が届かなかった夢を託されて、4人分の全力プレーを期している。チームは22日第2試合で滋賀学園と対戦した。
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甲子園へ出発する2日前の今月13日、叔母から電報を受けとった。
「1打席目はひろくん(長男浩敬〈ひろたか〉)のために、2打席目はたーくん(次男崇義〈たかよし〉)のために、3打席目はまーち(三男将義〈まさよし〉)のために、4打席目は自分のために打ちなさい」
それぞれ30歳、28歳、25歳の兄3人は甲子園を目指した球児だった。
手にするグラブには、4兄弟の名前の頭文字「浩崇将祥」の刺繡(ししゅう)が入っている。昨秋の関東大会準優勝後、三男将義さんが作ってくれた。添えられた鯨の絵は、毎日500球の打撃練習に付き合ってくれた父恒男さん(56)と、食事に気を使ってくれる母真奈美さん(56)への「感謝の気持ちを忘れずにいたい」という思いだ。
関東大会前、打撃不振に陥った。次男の崇義さんに打撃練習につきあってもらった。近くのグラウンドで午後7時から午前2時まで。途中で「やめたい」と泣きだしても、「その1球で負けるんだ」と許してくれなかった。がむしゃらにバットを振り続けて、打球の鋭さを取り戻していった。
その関東大会で鯨井君は打率5割の成績を残した。「あの夜を越えた後は、もう怖いものはない」
崇義さんはその後、野球部の臨時コーチになった。仕事が休みの週末にノックや打撃指導を請け負う。「動きが遅い」「その1球で決められずに、どこで決めるんだ」。部員全員に厳しい言葉を飛ばす。「後輩はみんな『弟』。弟だけを特別視しない」。一方、鯨井君にとって崇義さんのノックは「エラーできない」と緊張の瞬間だ。
そうしてたどり着いた甲子園。崇義さんも試合前のノッカーとしてグラウンドに立った。鯨井君は「兄と少しでも一緒にグラウンドに立てることはうれしい。兄3人の思いを胸に、打撃も守備も全てしっかりやりたい」と話し、二塁手として先発出場。守備では好判断でチームのピンチを救い、打っても得点に絡む活躍を見せた。(安西裕莉子)