池袋駅付近の線路上を走って逃げる男性(読者提供)
電車内や駅で痴漢をとがめられ、ホームから線路に飛び降りて逃げるケースが相次いでいる。数万人の利用客に影響が出る事態も起きている。どれほど危険で迷惑な行為なのか。
痴漢疑われた男、線路を逃走 JR両国駅、電車ストップ
「俺じゃない!」
13日午前7時45分ごろ、東京都内を走るJR総武線の両国駅。車内で女子中学生ら2人の胸や下着を触ったとして駅で降ろされた男性は、こう叫んで線路に飛び降り、走って逃げた。電車は約14分間、運転を見合わせた。
都内では3月中旬以降、同様の事案が少なくとも6件起きている。3月14日朝の池袋駅での逃走では、主要路線の山手線や埼京線などが止まり、約3万2千人に影響が出た。ネット上では「迷惑だ」などの書き込みが相次いだ。
なぜ線路に逃げるのだろうか。
警視庁のある警察署の幹部は「線路なら追跡されにくいと考えているのだろう。確かに追う側も事故に遭う危険性があり、容易には飛び降りることはできない」と話す。ただ「確保できそうなら追いかける」とも言う。最近の6件はいずれも警察官が現場に到着する前に逃げており、容疑者は特定されていない。
鉄道営業法では、正当な理由なく線路に立ち入ることを禁じている。警察は都迷惑防止条例違反(痴漢)に加え、鉄道営業法違反の疑いも視野に捜査している。ある署の幹部は「線路から敷地外に出られる付近の防犯カメラを洗い、検挙する」と話す。
一連の「逃走劇」には、鉄道会社も頭を抱えている。
2003年9月には山手線上野駅で、痴漢を指摘された人が線路に飛び降り、電車にはねられて死亡する事故が起きた。JR東日本によると、線路上に人が立ち入った場合は安全を最優先し、駅員らが人がいないことを目視で確認できた段階で運転を再開する。万が一の見落としも想定し、再開直後は徐行で運転するという。
地下鉄の場合、さらに危険性が増す。東京メトロによると、線路脇に送電線が引かれている路線では、感電の恐れがある。送電線の電圧は600ボルト。人が立ち入ると電気を止める作業も必要になる。担当者は「地下鉄はトンネルなので、逃げても次の駅まで出られません」と予防線を張る。大阪市では12年、市営地下鉄御堂筋線で線路に降りて約1キロ逃げた男が駅員らに取り押さえられた。
線路に逃げた人たちが、本当に痴漢をしたのかどうかは定かではない。痴漢をめぐっては、ネット上で「被害を申告した人と一緒に駅事務室に行くと現行犯逮捕される」といった内容や、冤罪(えんざい)を避けるために疑われたら逃げることを推奨する書き込みもある。
これらについて、警視庁の捜査幹部は「申告があれば何でも逮捕するわけじゃない」。申告内容や第三者の目撃の有無などを検討してから判断する、としている。
もし疑いをかけられたらどう対処すればいいのか。痴漢冤罪事件に詳しい立教大の荒木伸怡(のぶよし)名誉教授(73)は「やっていないならはっきり主張し、その場から動かずに弁護士を呼ぶことだ」。線路に降りる行為はやめた方が良いと言う。「業務妨害に問われる可能性があり、鉄道会社から損害賠償を請求される恐れもある」と指摘している。(宮山大樹、小早川遥平、遠藤雄司)
■痴漢と疑われた人が線路上を逃げた最近の事例
3月13日昼 JR総武線御茶ノ水駅/最大約31分の遅れ、約1万9千人に影響
3月14日朝 JR埼京線池袋駅/最大約20分の遅れ、約3万2千人に影響
3月29日夜 同赤羽駅/最大約28分の遅れ、約3万9千人に影響
4月5日夜 同板橋駅/約10分の遅れ
4月13日朝 JR総武線両国駅/約14分の遅れ
4月17日朝 JR埼京線新宿駅/最大約11分の遅れ、約2万7千人に影響
※いずれも東京都内。警視庁やJR東日本への取材による