カエルとノミの作品
いまにも動きだしそうなカエルやクモやカマキリたち。精巧なミニチュアロボットを裸にしたようなオブジェが、鳥栖市の時計店の一角に並ぶ。「腕時計の部品でつくったんですよ」。目を丸くする客に、店主の2代目はそう説明する。
創業42年の「いとお時計店」(鳥栖市本町1丁目)の伊藤尚史さん(36)。外での修業を終えて店に戻ってからまもない2015年暮れに作り始めた。
腕時計の修理のため、店には交換用の歯車や針、IC回路といったミリ単位の部品を数多く収集・保管している。なかには使い物にならず廃材になるものも。「店の話題になれば」と、その再利用を思い立った。
初めに手がけたのは文字盤を台座にし、そのうえに載せた指先ほどのネズミ。やがて実物大の昆虫、さらにはミニチュアのヒヨコや鹿といった具合に、次第にモチーフが広がり、最大で高さ10センチ近いものも。
ピンセットやペンチなど本業で使う道具で作品に向かう。部品を組み合わせ、特殊な方法でつなぎ留めながら、思い描いたオブジェに仕上げていく。
使う部品が広がるにつれて、表現に幅が生まれた。金属バンドを使うことで、オオトカゲの鎧(よろい)のような質感を表した。手巻き時計のぜんまいは、ばらすと弾力のある針金として張りぼてを内側から支える骨組みに。平面的だった作品に、やわらかな曲線と立体感をもたらした。
「腕時計の部品だけでつくる」と決めている。腕時計を余すところなく腑(ふ)分けし、そこから全く異なる形に命を吹き込む。これまでに手がけた作品は50近く。当初は5時間ほどで仕上げていたが、次第に手が込んできて、最近は1週間ほどかけ完成させるようになった。撮影してツイッターに投稿し、反響も出始めた。
腕時計の廃材部品を使った作品は、国内ではあまり見かけないという。「海外にはレベルの高いものがある」と、ネット検索を通じた探究も怠らない。
3月に時計修理部門で国の1級技能検定を取得した。「色んな人が気軽に来てもらえる店にしたい」。本業も作品づくりも脂がのってきた。(遠山武)