鹿児島大学の学生に聞く
男性の体で生まれ、女性として生きるトランスジェンダーの学生の入学を、女子大は認めるべきか。新聞記事をきっかけに、鹿児島大学の学生たちは性的少数者と社会のありようについて、日本国憲法の授業で考えてきました。大学で開かれた性的少数者の講演に参加した学生もいます。大学の教室からもう一度、考えます。
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■家族や身近な人なら…
5月1日の授業に、渡辺弘准教授は、長崎県に住む儀間由里香さん(28)を招きました。性的少数者に関心を抱く人の交流会を主催する市民団体の代表。恋愛の対象が性にとらわれない「パンセクシュアル」を自認しています。
「性的少数者に会ったことのある人、手を挙げて」。儀間さんの呼びかけに、100人ほどの教室で手を挙げたのは2人。「カミングアウトしていないだけで、家族や知り合いにいるかもしれないですね」と儀間さん。「自分が知らないでいることを意識してほしい」
話は、思いを打ち明けた同級生に同性愛者だと暴露され、建物から転落死した大学院生に及びました。儀間さんは、社会に偏見があるなかで自らも苦しんだ体験を語りました。そして「多様な性のあり方を受けとめられない人は自分を責める必要はないと思う。ただ、偏見で人を傷つけないでほしい」と話しました。
講演後、工藤遥さん(19)は「LGBTの人を支えたいという気持ちをどう伝えたらよいでしょうか」と助言を求めました。性的少数者の友人から「(自分がLGBTであることを)受けとめてもらえないと思うけれど……」と悩みを打ち明けられたことがあるといいます。
「例えば多様な性を肯定していることを示す虹色のシールを貼っているといいです」と儀間さん。授業後、そのシールを渡された工藤さんは「心のハードルを少しずつ低くしていきたい」と話しました。
20日と21日には同大学で、LGBT団体「合同会社LGBT―JAPAN」(東京)による講演とグループワークがあり、「日本国憲法」の受講生約10人が参加しました。
まず、女性の体で生まれ、男性として生きる代表の田附亮さん(32)、ゲイの末吉潤さん(27)ら当事者4人が学校生活やカミングアウトの体験を語ります。
「中学2年の時、彼女ができて、うわさになったんです。そしたら先生に呼び出されて、『お前レズじゃないよな』って。同性愛はいけないことなんだと感じてショックでした。人生、お先真っ暗だなと」
「仲がよかった男友だちにゲイだとカミングアウトしたら、『おれのことねらわないでね』と言われて。『おれにも選ぶ権利がある』と言い返して、疎遠になってしまった」
その後、参加者はグループに分かれ「今、あなたが同性の人に告白されたら?」「あなたの家族がトランスジェンダーの人と付き合っていたら?」などについて話し合いました。もともと多様な性について肯定的な考えを持っていたという2年生の花木香保さん(19)は「家族とか自分の身近な人だと、抵抗を感じることに気づいて、はっとした」。
続くテーマは、意見が真っ二つに割れました。現在の日本にLGBTを認めなきゃいけない空気がある? 学生らを含むグループでは「カズレーザーさんがバイセクシュアルだとカミングアウトし、(LGBTについて)最近になって知られてきた感じで、認めなきゃいけないというほど社会に浸透していないのでは」「そういう空気はあると思う。でも、オリンピックが近いから、『日本はちゃんとやっています』というアリバイを作っている感じ」といった意見がありました。
2年生の鶴丸陽平さん(19)は、性的少数者に共感を抱けない自分に後ろめたさを感じていたそうです。でも、「カミングアウトされたらすぐに受け入れなければならないのではなく、時間をかけて理解していけばいいんだと知って、気持ちが楽になった」と言います。
■法・制度にも目を向けて
授業は22日にもありました。これに先だって、学生たちは数人ずつのグループに分かれ、性的少数者の人々が抱える困難や差別、その解決の方策などを話し合いました。授業に提出された意見には「同性カップルの権利を保障するため、憲法を改正して同性婚を容認すべきだ」「正しい知識を広めるため、小学校高学年の授業で取りあげるべきだ」などがありました。
授業で発表した2年生の園田怜央さん(19)たちは、トランスジェンダーの人が就職活動で面接を断られるといった雇用問題に着目。昨年5月に民進党などが衆院に提出した差別解消法案が成立すれば、差別の解消につながると考えたそうです。
「もし、カミングアウトされて不快感を持ってしまった場合、それも法で罰するの?」と、渡辺准教授。
「人が何を思うかは思想の自由があるので罰するわけではないと思うが、不快感を持たないようにすることが(法案の)目的だと思います」と園田さんが答えると、渡辺准教授は「じゃあ、不快感を持たないようにするにはどうしたらいい?」。
「LGBTの人たちが身近にいることがわかれば、変わっていくのでは。そのためには、(当事者が)話をすることも、自分たちが知ろうとすることも大事だと思います」と、グループの高岡門夢さん(19)。
小中学校の新学習指導要領の体育で、「思春期になると異性に関心が芽生える」との記述が残ったことに渡辺准教授が言及すると、学生からこんな声があがりました。
「自分たちは同性に思いを寄せる人もいると学んでいるので、その記述はよろしくないと考えます」
教員志望の園田さんは、大学に入るまでLGBTという言葉も聞いたことはなく、この授業で初めて当事者の話を聞いたそうです。「将来、学校で子どもたちと接した時、悩ませることがないように、知識や理解を深めることが大切だと思った。これからの生活でも、意識の片隅において過ごしていきたい」。授業後、そう語りました。
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一連の授業前の4月、出生時の性別が男性で、心の性別が女性のトランスジェンダーの人が女子大に入学することについての意見をアンケートで尋ねました。3回目となった5月22日の授業後、学生たちに再びアンケートを配ってもらい、95人から回答を得ました。自分自身はどう思うかという問いについては、最初のアンケートに比べ、「わからない」という答えが減りました=グラフ。
「学生たちが性的少数者の人々が直面している困難について学び、自分のこととして考えることができたのは、大きな成果だと言える」と渡辺准教授はみます。一方、人権問題は、気持ちや配慮だけではなく、制度、政策、法やルールを変えなくては解決できないことも多い、と指摘。「今回の学習をベースにして、性的少数者のほかにも様々な形で人権を侵害されている人のことまで思考を広げ、学生一人ひとりがそれを変えていく社会的な主体であるという自覚を持って、方策を提案できるようになってほしい」と話しました。(杉山麻里子、編集委員・氏岡真弓)
■無知が人を傷つけている
アンケートに寄せられた学生たちの声の一部です。
●「『戸籍を変える年齢を早めればよい』『心、身体いずれかで男女を区別すればよい』などと安易に考えていた。しかし、男女をはっきり区別することは難しく、戸籍を変えられる年齢を下げると、当事者の精神的負担は大きくなる。完璧に当事者の気持ちが分かるようになるわけがないが、気持ちを理解しよう、知ろうとする大切さを知った」(2年)
●「今までホモやレズといった言葉を小バカにするように使ってしまっていた自分を反省した。男は男、女は女という二元論は根強く、理解ある社会が形成されるのはまだ時間がかかるのではないかと思う」(3年)
●「知らないというのは本当に恐ろしいことで、知らなければ、自分で勝手に想像して決めつけてしまう。知って理解する人が増えることで、様々な人が平等に共存できる環境になると思う」(2年)
●「何も知らない子どもがLGBTの人を傷つけてしまっている。小さいころからの教育が大きく関係していると考えた。道徳の授業などで理解を深めていくことが大切だと考えた」(2年)
●「私はLGBTが周りにいても、肯定的に受け入れ、応援するが、もしも私の子どもがLGBTだと知ったとき、冷静でいられるか分からなくなった。友人や兄弟は近くにいる存在であるとはいえ、やはり『他人感』があるのだ」(2年)
●「『気持ち悪い』『おかしい』などの気持ちが生まれるのも、幼い頃からの社会や親、メディアなど様々なものからの影響だと思います。多様性が受け入れられる社会になったらいいなと思います」(2年)
●「LGBTの全てを受け入れないと自分は悪い人になると考えていたが、講義を受ける中で、『全てを受け入れられなくても大丈夫。言葉や態度に出さなければよい』ということを聞いて、安心したと同時に気をつけようと改めて思った」(2年)
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鹿児島大学の「日本国憲法」の受講生の多くは教員志望で、その多くは性的少数者のことを初めて学んだといいます。「知らないから偏見が生まれると感じた」「早いうちから学校で教えるべきだ」と学生たちは授業後に語りました。自分の性別に違和感を持つ子どもたちが深く苦しまないために、そして先生が悩みを抱える子どもたちに寄り添えるように、大学の教員養成課程で多様な性についてしっかり学ぶべきだと感じました。
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