3月末で閉鎖されたヘイゼルウッド火力発電所(後方)の前に立つマーク・リチャーズさん=ラトロブバレー、小暮哲夫撮影
石炭を二酸化炭素(CO2)を出さない水素エネルギーに変え、発電や自動車に使う。こんな日本とオーストラリアの共同プロジェクトが動き出した。温暖化対策の「お荷物」とされてきた豪州南東部の炭鉱のまちは、プロジェクトの行方を期待と不安のなか、見守る。(ラトロブ=小暮哲夫、キャンベラ=郷富佐子)
古びた長い煙突が8本立ち並んでいた。南東部ビクトリア州ラトロブ市で3月末に閉鎖されたヘイゼルウッド火力発電所。周囲には露天掘りの土地が広がっている。発電所に燃料の石炭を供給した炭鉱の跡地だ。
マーク・リチャーズさん(46)は発電所に29年間勤めた。750人が働いていたが、開設から50年以上たって老朽化。会社が昨年11月、突然閉鎖を発表した。「まずは地元で再就職口を探る。だが、海外も含めて仕事探しをしないといけないかもしれない」と話す。
一帯のラトロブバレーで産出される石炭は水分が多く、乾燥すると自然発火しやすい褐炭だ。輸送が難しく、地元で発電用に使われてきた。他の2カ所の発電所は稼働中だが、それぞれ隣にある炭鉱から褐炭を運び出している。
石炭火力発電は地域の基幹産業。国際環境団体「気候グループ」のまとめによると、2010年には、3カ所の発電所で国内人口の9割近くが暮らす豪東部・南部の電力の2割をつくり出していた。
だが、褐炭を燃料とする発電所は多くの二酸化炭素が出る。この3カ所は、二酸化炭素の排出量でも東部と南部の発電所の中で上位3位を占めた。年間の排出量は計約5900万トン。東部・南部で発電によって出る二酸化炭素の3割以上に上った。
国内で気候変動の対策が話題になるたび、環境派から目の敵にされてきた。石炭火力発電所の新設は強い反対があり、難しい。だが、老朽化した発電所を閉鎖すれば、膨大な褐炭の使い道がなくなってしまう。
そんな将来を一転、明るくする構想が持ち上がっている。褐炭から水素をつくり、日本へ運んで火力発電や燃料電池車の燃料として使う、というプロジェクトだ。水素は燃焼させても二酸化炭素は出ない。この地域の褐炭の埋蔵量は日本の総発電量の240年分に相当するという。
グラム・ミドルミス副市長は「褐炭は単に『汚い』を意味する言葉になっていた。この革新技術は試してみる価値がある」と語る。プロジェクトを通じて数百人規模の雇用も、と地元の期待は膨らむ。