原口アヤ子さんの写真を掲げた車の前で、「検察庁は即時抗告をするな」と訴える支援者たち=28日午後2時ごろ、東京・霞が関
「あ・り・が・と・う」
「大崎事件」元受刑者の再審開始決定 鹿児島地裁
大崎事件に関するトピックス
鹿児島地裁の決定に備えて、支援者と一緒に待機していた原口アヤ子さん(90)は、言葉を絞り出すように話し、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
1979年の逮捕時から罪を認めたことはなく、刑期を終えてからは再審を実現するため、すべての力を注いできた。だが、この4~5年は衰えが激しい。支援者らによると、軽い脳梗塞(こうそく)も2回経験した。最近は食が細く、言葉を発することもほとんどないという。
高齢者施設に入所する直前の2012年末、一人で暮らしていた大崎町の自宅を訪ねた時のことが忘れられない。こたつに入った原口さんは「体がいうことをきかんようになってきた。みんなに迷惑をかけるから、死んだ方がましかも」と弱気を見せる一方で、「でも、やっぱりこのままでは死ねない。無実の罪を晴らして、『殺人犯』(というレッテル)をとりたい」と言い直した。その姿は、歳月の長さと、再審という壁の高さを物語っていた。
あの日、原口さんはこう言った。「逮捕されて以降、心から笑ったことは一度もない」
再審開始の決定は2度目だ。1回目は02年。検察が即時抗告し、高裁でひっくり返された。15日に90歳となった原口さんが、心から笑える日が訪れるかどうかは、検察の判断にかかっている。(編集委員・大久保真紀)
■法務省と検察庁に驚き
鹿児島地裁による再審開始決定を受け、法務省や検察庁では驚きが広がった。
法務省幹部は、「予想していなかった。取り調べの正当性が疑われたり、新たに証拠が開示されたりしたわけでもない。決め手のない決定に思える」と話した。検察幹部は、地裁が心理学者の鑑定を根拠に、目撃証言の信用性を「高くない」とした結論に疑問を投げかけた。「証言の信用性については、裁判官が専門家のはずだ。書面を分析しただけの鑑定で信用性が判断できるのか」
一方、静岡県の一家4人殺害事件で死刑が確定し、再審開始決定で48年ぶりに釈放された袴田巌さん(81)の西嶋勝彦弁護団長は「証拠が薄弱で、もともと容疑者として疑わしいのに、検察が証拠を洗い直さず起訴した点で袴田さんの事件と同じだ」と捜査を批判。「高齢の原口さんを司法は一日でも早く救済すべきだ。主張があるなら、検察は再審公判で訴えてもらいたい」と訴えた。
日本弁護士連合会はこの日、中本和洋会長が臨時会見を開き、「一定の整合性を持つ捜査段階の供述は、公判での信用性を覆すのが難しい。心理学鑑定を有効とした判断は画期的だ」と決定を評価した。
中本氏はこの事件の再審開始決定が2002年に続き2度目となることを念頭に、「検察庁は2度(再審開始決定が)出た重みを理解し、開始決定を確定させるべきだ」と訴えた。
原口さんを支援する日本国民救援会などは、開始決定から約1時間後に最高検の担当者と面会し、「即時抗告せず、再審公判に応じるべきだ」と申し入れた。街頭でも、「捜査と裁判への対応を厳しく反省すべきだ」と訴えた。支援団体は即時抗告の期限である7月3日まで連日、最高検に即時抗告しないよう求める方針。