マネジャーの小田理紗子さん(右)と山中香穂さん。ネットの太くなった部分は、2人が修理した跡だ=山口県岩国市
「オーライ!」「もう一本!」。放課後の岩国工(山口県岩国市)のグラウンドに、球児たちの声が響いた。駆け回る選手たちを包み込むように置かれている防球ネット。よく見ると、所々でロープの太さが違う。2人の女子マネジャーが一冬かけて補修した、努力の痕跡だ。
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ネットは縦約2メートル、横約3メートル。右翼から左翼まで円弧を描いて計60枚が並べられている。グラウンドは陸上部と野球部の共用。外野の外側で練習する陸上部員を守るためのものだ。
マネジャーの小田理紗子さん(3年)と山中香穂さん(2年)がネットの補修を任されたのは、今年1月のこと。選手たちが黙々と走り込みをする真冬のグラウンドの片隅で、2人はいつものジャージーではなく作業着姿で、片手にハンダごてを握っていた。
左翼側から一枚一枚、金属製のフレームからネットをほどき、穴やほつれをチェック。穴が見つかれば古いネットを切り取って、補修用の糸でつなぎ合わせて結ぶ。だが、結び目から余って伸びたネットの先端をそのままにしておくと、そこからまたほころぶ。
ここで登場するのがハンダごてだ。余って伸びたネットの先端に押し当てて溶かし、固く、短くする。歴代の監督からマネジャーに引き継がれてきた、工業高校ならではの補修法だ。
小田さんはシステム化学科。学校でハンダごてを使う機会はなく「中学の技術の授業を思い出しながらやりました」。一方、電気科の山中さんは「授業で基板をつけることもあるけど、まさか部活で使うとは」。
補修の邪魔になるので、手袋はしなかった。寒風にかじかんだ手はハンダごてに近づけて温めたが、補修の最中に誤って手に触れ、やけどをしたことも。ネットがこての熱で溶けると、プラスチックが焼けたような臭いが鼻をついた。
外野に加えて、ピッチングマシン用のネットも補修した。以前、ネットの隙間を打球が抜けて、ボールを入れる係の部員がケガをしたこともあった。「みんなが安全に練習できるよう、私たちが頑張ろう」。つらいときには、グラウンドを駆け回る選手たちの姿を思い浮かべた。
全ての作業が終わったのは、4月になってから。次第に2人は腕を上げ、右翼側に行くにつれ、補修の跡は美しくなった。「今もたまに、ネットをみてしみじみするんです。頑張ったなあって」と山中さん。
2人の頑張りを、部員たちもちゃんと見ていた。ある日、ノックを受けた部員がネット際のフライを落とした。突っ込めば捕れた打球。「何で捕らんの?」。いぶかる周囲に部員は言った。「せっかく直してくれたのに、すぐ壊したらいけんやろ!」。その言葉は、2人の心を温かくした。「大事にしてくれているんだ」
厳しい冬を乗り越えて、選手とマネジャーが目指してきた夏は目の前に迫る。思い切り打って守って、ネットをボロボロにしてくれていい。いつだって直すから。それよりも勝って喜ぶ笑顔が見たい。「みんなで1日でも長く、野球を続けられたら」。2人の思いも、選手たちを包んでいる。(尾崎希海)