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藤井四段や宮里藍選手の「逆算力」 勝利への思考法とは

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スポーツジャーナリストの中西哲生さん


■中西哲生コラム「SPORTS 日本ヂカラ」


女子ゴルフの宮里藍選手が今シーズン限りの引退を表明しています。ここ最近、様々な競技で10代が活躍していますが、彼女は高校3年の時にツアー初優勝を遂げてプロに転向するなど、その先駆けとしての存在でした。


あれだけ周りの選手から慕われ、信頼の厚い選手はなかなかいません。いかに彼女の人格がすばらしいか、ということを物語っています。実際、僕も何度も取材や一緒に番組に出演させていただく機会がありましたし、宮里藍選手が子どもたちへの指導で語りかける言葉を聞いたこともあります。それぞれ、どんな場面でも、どんな年代の方にでも、分け隔てなくよどみなく話せるチカラのすばらしさを、その当時から感じていました。


米ツアー通算9勝を挙げ、2010年には日本選手で初めて世界ランク1位にも到達した宮里藍選手が見せてくれたのは「逆算の美学」です。ゴルフにおいて絶対的な優位を生む飛距離。その飛距離では身体的パワーのある海外の選手にかなわない。だからといって、世界ナンバーワンは取れない、という考え方ではなく、飛距離が及ばないのであれば、それをどう埋めていくかということを常に考えていました。


ホールごとにピンから逆算してアイアンや他のクラブで精度の高いショットを打ち、正確にピンに寄せて、それを確実にパターで落とし込む。引退の記者会見では「自分が得意なパターが一時期、イップス(自分の思うようにならない運動障害)に陥っていた」と語っていましたが、彼女のパターのすごさやアプローチやアイアンの精度は、まさに「逆算の美学」でした。


また彼女は、技術と精神のコントロールはセットだということを、改めて気づかせてくれました。いくら技術があっても、どんな状況でもそれを発揮できるメンタルがなければ、大事な場面で技術を発揮することはできません。ましてや、とんでもない選手がそろっている米国でのツアー優勝は、その技術と精神のコントロールをもってしても簡単なことではありません。


宮里藍選手が世界ランキング1位になった頃、僕は一緒にテレビ番組を収録したことがあったのですが、アドレスから打つ瞬間までにかかる秒数は、ほとんど全て同じでした。打つ前のルーティンにかかる秒数が長いほど、考えてしまう時間が長くなり、自分が不安になる可能性が高くなる。それを、打つまでの時間を短く、なおかつ秒数を一定にすることによって、精度を上げていたのです。


「ゴールからの逆算」という点でいえば、将棋で14歳、中学3年生にしてデビュー29連勝の新記録を立てた藤井聡太四段からもそれを感じ取れます。藤井四段は詰将棋が得意で、プロ棋士も参加する詰将棋解答選手権で小学校6年生から3連覇中。これも王将を詰ますというゴールからの逆算です。さらにAIや、対局の経験を通じて、序盤や中盤から終盤の勝負に落とし込むパターンを習得してきたのでしょう。


藤井四段の3戦目と4戦目に敗れた浦野真彦八段に話を聞く機会があったのですが、「吸収する力がすごい。戦う中で、相手のいいところはどんどん蓄積している」と話されていました。我々のような50代前後の世代には「無駄の中にヒントがある」というような発想があります。


例えば、飲み会で話をすることも何かのヒントにつながる、と考える傾向がありますが、若い世代はもっと効率を求めます。ありとあらゆることを論理的、効率的に考えるという点では、AIやネットをうまく使える世代です。浦野八段は「将棋はいい手を指すことより、ミスをしないことが重要。藤井四段はミスがほとんどない」とも話していました。宮里藍選手も藤井四段も、ゴールから逆算するだけでなく、それを正確に実行することで強さを見せているのです。


15歳でサッカーU20日本代表に入った久保建英を僕が教えてきた中で、彼に論理的に成長をしてもらうためにも、やはり「ゴールからの逆算」ということを重視してきました。


例えば「決まるシュート」は、決して強く速いシュートだけではない、ということを論理的に理解してもらうこと。得意の左足でゴールを決める前提で、左足をおとりにする方法などです。ウィニングショットに持っていくパターンと、ウィニングショットそのもののパターンが多いほど、逆算も構築しやすいのです。それができることが、世界のトップになるために日本人がその可能性を持てる方法論でしょう。


卓球で台頭してきている張本智和選手、平野美宇選手、伊藤美誠選手らを含め、今の10代のアスリートたちは、自分でリミッターを切り、世界トップを目指すことが当たり前になっています。既に宮里藍選手や松山英樹選手、錦織圭選手ら「日本人が届きそうにない」というところまで到達している選手たちは、「世界のトップに立つことが夢ではなく、現実的な目標」と口にしてきました。


それを前提に、ゴールから逆算して、勝利の方程式を構築していくこと。そして、かなわないものがあるなら、それと違うもので勝負する柔軟性。宮里藍選手は、シンプルですが、そんな極めて重要なことを気づかせてくれました。



なかにし・てつお 1969年生まれ、名古屋市出身。同志社大から92年、Jリーグ名古屋に入団。97年に当時JFLの川崎へ移籍、主将として99年のJ1昇格の原動力に。2000年に引退後、スポーツジャーナリストとして活躍。日本サッカー協会特任理事。このコラムでは、サッカーを中心とする様々なスポーツを取り上げ、「日本の力」を探っていきます。



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