ミーティングに臨む早稲田佐賀の選手たち=唐津市の同校グラウンド
「がんばれよー」「おめでとう!」。高校野球佐賀大会優勝翌日の24日。選手たちが学校近くの唐津神社へのお礼参りに歩いて行く道中、行き会う人たちが次々に声をかけた。拍手も沸く。選手たちは、その度にはにかみながら、「ありがとうございます」と返していた。
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「自分たちは、佐賀のチームとして戦おうって決めてきたので」。佐賀大会で打率6割、6打点と活躍した小部純平君(3年)は、決勝終了後の取材で何度もくり返した。
小部君は嬉野中出身で、佐賀大会のベンチ入りメンバー唯一の県出身者。野球部には福岡県や長崎県など、県外出身者が多い。
山本雄貴君(同)は埼玉県の新座市立第二中、春日井湧君(同)は愛知県の長久手市立北中の出身。2人とも、2006年、「ハンカチ王子」斎藤佑樹投手(現・日本ハム)擁する早稲田実業の全国制覇を見て、「早稲田」に憧れたという。その上で、「勉強と野球をどっちも頑張るなら、早稲田佐賀だと思って入学した」と口をそろえる。
学校創立8年目と、歴史も浅い。古賀一則監督は選手たちにくり返し言ってきた。「自分たちは佐賀の人間、唐津の人間だと意識して、取り組みなさい」。学校近くのゴミ拾いをしたり、市民とすれ違う時にきちんと立ち止まってあいさつしたりといったことを徹底してきた。
近所でうどん店を営む森勝弥さん(75)は、「礼儀がいい。そういうのもあって、野球部も強くなったんじゃないか」と目を細める。
優勝後、ある市民から、優勝を祝う内容の手紙が届いた。ゴミ拾いをしていた選手に感動したことなどがつづられていた。練習後のミーティングで監督が手紙を朗読すると、選手たちの顔がほころんだ。監督も「こういう手紙がいちばんうれしいですよね」。
森さんは言う。「みんな唐津の環境にも慣れているし、よその県から来たというのは、もう関係ない。地元のチーム。みんな、唐津っ子ですよ」。春日井君も「唐津に溶け込んでいます」。立派な佐賀代表として、甲子園に臨む。