花森安治さん
戦時下の庶民がどう暮らし、何を食べ、何に苦しんだか。およそ半世紀前、「暮(くら)しの手帖(てちょう)」編集部が全国から寄せられた投書を編んだ単行本『戦争中の暮しの記録』が売れている。ロングセラーに加え、同社は新たな『記録』を出そうと今年、あの時代の投稿を再び募り始めた。
■庶民の日常や苦しみ 投稿募集
東京・新宿の紀伊国屋書店。雑誌売り場では、「暮しの手帖」の最新刊と『戦争中の暮しの記録』を並べて売る。歴史コーナーに置いていたが、販売急増を受け昨年末に売り場を拡充。暮しの手帖社によると、従来は年1千部ペースだったが、この1年で4万部を増刷、累計20万部に達した。
『記録』にあるのは、名も無き庶民の姿だ。亡き夫の棺おけを生魚の空き箱で作ったこと。「(配給の食料が)月に鰯(いわし)が五尾や、二日に茄子(なす)一個では、働けないのである」という嘆き。空腹のあまり、弟と手洗いに隠れてお手玉の中の大豆をなめるように食べた苦い思い出――。
50年前の記録集が脚光を浴びたのはなぜか。昨年、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」にこの本が登場。戦時下の日常を描いてヒットしたアニメ映画「この世界の片隅に」で参考資料とされたことも話題になり、若い世代の購入が増えたという。
同書は「暮しの手帖」の創刊から30年間編集長を務めた花森安治(1911~78)の発案だった。「商品テスト」企画などで知られた名物編集長だが、戦中の国威発揚の宣伝に関わったことへの後悔があった。戦後20年が過ぎた頃、若手社員に戦争体験が伝わっていないことに気づき、68年8月発行の96号をまるごと「戦争中の暮しの記録」の特集でまとめた。集まった1736の投稿すべてを全編集部員で読み、139編を採用した。
当時の編集部員、河津一哉さん(86)は「素人のたどたどしい文章。でも心を打たれた」。特集の号は90万部がたちまち売り切れた。「好景気で浮かれる自分たちへの疑問があったのかも」と振り返る。翌年8月15日、保存版として単行本化された。