東海大菅生―高岡商 二回裏高岡商 打席に立つ吉本。捕手鹿倉=清水貴仁撮影
(14日、高校野球 東海大菅生11―1高岡商)
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■高岡商・吉本樹
高岡商は今春の選抜大会に続いて初戦敗退となった。「富山の歴史を変える」との合言葉で県勢初の4強入りを狙っていただけに、ショックは大きい。試合直後の取材スペースでは、あちこちから泣き声が聞こえてきた。
だがセカンドの3年生、吉本樹(いつき)は歯を食いしばっていた。泣くまいとしていた。「グラウンドでは泣いてしまったんですけど、笑顔で帰ろうと思って。もう泣きません」。そう言って、また歯を食いしばった。左のほおには、土がついたままだ。
身長157センチの吉本は選抜でも、今大会でも、全選手の中で最も小さな男だ。身長のことを聞かれるたびに、こう返してきた。「野球は背でやるんじゃないと思ってます。元気のいいプレーで流れを持って来られたらと思ってやってます」
試合開始の整列では主将と逆側の端っこに立ち、あいさつをするやいなや、自分の守備位置へ駆けていった。土と芝生の切れ目までいくと、帽子をとって外野側に一礼した。
2打数無安打で迎えた六回は1死二塁のチャンスで打席へ。小さな体をさらに沈めるような構えからいい当たりを放ったが、センターフライ。七回の守りでは3―1と引き離されるタイムリーヒットが、吉本が必死にジャンプして差し出したグラブの上を越えていった。一挙7点を奪われた九回は、1球ごとにピッチャーへ声をかけた。
その裏、無死一塁で吉本。吉田監督は「いけ!」の合図。吉本はうなずいて打席に入った。1ストライクからの2球目。135キロの直球をたたき、三遊間を破った。一塁を回ったところで、両方の拳を固め、笑顔でガッツポーズした。しかし後続が連続三振に打ちとられ、ゲームセット。
「悔しいです。チャンスで打てなかった責任を感じてます。このチームでやれて幸せでした。でも、いいチームだからこそ、もっとこのチームで勝ち上がっていきたかった」。キュッと唇をかみしめた。
吉本は岐阜県の出身。中学時代は飛騨高山ボーイズの捕手で、1学年下の根尾昴(あきら)とバッテリーを組んでいた。根尾は大阪桐蔭に進み、内外野に投手にと活躍している。吉本は母の知子さんが高岡商出身で、高商(たかしょう)の試合を見ているうちに、「自分がこのチームを勝たせたい」と思うようになり、進学を決めた。母の実家で祖父、祖母と一緒に暮らし、高商に通った。
「僕にはこのチームしかなかったと思ってます」。吉本は言った。「どんなにつらい練習のときでも、誰かが笑顔で。それに仲がよくて、何でも言い合えた。厳しいことも言い合えた。だから強くなれました。この仲間ともう一緒にできないのが一番残念です」。また唇をかんだ。彼の帽子のつばには「愛するチームのため」と書いてあった。
◇
吉本君とひとしきり話したあと、「最後に1本出てよかったね」と声をかけました。すると泣きそうになるのを我慢したあと、こう言いました。「県大会から打てない僕を監督は6番で使い続けてくれました。仲間は居残りのバッティングに付き合ってくれました。去年の秋にキャッチャーからセカンドになったときはOBの方がノックを打ってくれました。あのヒットは僕が打ったんじゃないです。これまで僕に関わってくれたすべての人と一緒に打ったんです」
大学で野球を続けるという吉本君に、どんな大人になりたいか尋ねました。「心の広い人になりたいです」。本来ならここで具体的な職業なんかについて突っ込むのが記者だと思います。でも、もはやそんなことしなくていいと思いました。野球も人生も背じゃない。岐阜から富山にやってきて、心を大きく成長させた吉本君でした。(篠原大輔)