安藤忠雄さん=小林一茂撮影
■甲子園観戦記 建築家・安藤忠雄さん
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太陽の位置が変わり、グラウンドに差す影の形が変わっていく。決勝まで勝ち進んできた選手たちは日焼けで真っ黒です。打球が風に乗って本塁打になることもあれば、雨で試合が出来ない日もある。それが野球でしょう。空調がきいているドーム球場とは違う。
自然光を採り入れたり、風を循環させたり。私は建築に自然をとりこむ。自然を味方にしたいからです。自然は、希望を感じさせてくれませんか。科学技術ばかりを味方にしてはいけない。この甲子園球場では、自然とともに野球をやっている。
それにしても驚く。4万を超える人がたった1球のボールの行方を食い入るように見つめている。このすり鉢状のスタンドの形もいい。だから応援と歓声が強く響く。
私は子どもの頃、甲子園球場のすぐ近所に住んでいた。アルプスが見えた。大阪の城東工(現城東工科)高では野球部で三塁手だった。右手薬指を骨折して野球を断念し、プロボクサーになった。ケンカをしてファイトマネーという形でお金がもらえる。こんないいことはない、と。
やるからには全力だった。約4キロの減量はきつかった。試合の前は恐怖心に襲われた。あるときジムにファイティング原田さんが来た。体力もスピードも次元が違った。とても自分が通用する世界ではない、とあきらめた。
興味があった建築の世界に飛び込んだ。自宅の増築を頼んだ大工が、一心不乱に働く姿が心に残っていてね。学校の成績もよくないし、経済的にも苦しい。独学でやるしかなかった。昼ご飯を抜いて勉強し、1級建築士になった。
中盤、広陵の守備でミスが連鎖してしまい、大量点を失った。思うようにいかなくても全力で走るのが、人生でしょう。夢を追いかけて走る若者が少なくなったと思いませんか。ここで全身全霊をかける球児の姿は、光を感じさせてくれます。
来年で大会は100回ですか。私はローマにある約2千年前の神殿「パンテオン」が好きでね。多くの人があの建築に何度も足を運ぶのは、単にきれいだからではなく、その人の魂に何かを残してくれるからだと思っています。
この大会も、見る人の魂に何かを刻み、その心に何かを残すから、99回も続いてきたのでしょう。また夏がやって来たな、と。予想以上の大差がついてしまったが、勝ち負けの問題ではない。これだけ多くの人が、グラウンドでの一球に心を一つにしている。きょう、私の心にも何かが刻まれました。(構成・竹田竜世)
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〈あんどう・ただお〉 1941年、大阪市出身。代表作に「光の教会」(大阪)、「地中美術館」(香川)、「表参道ヒルズ」(東京)など。9月27日から東京・国立新美術館で「安藤忠雄展―挑戦―」がある。