ライフネット生命創業者の出口治明氏=北村玲奈撮影
選挙って、政治って、難しい。つい「詳しい人」に頼りたくなります。読んだ本は1万冊以上、旅した国は70カ国以上というライフネット生命創業者の出口治明さん(69)に、聞いてみました。
インフルエンサーに聞く選挙
――出口さんは多くの著作も人気ですが、ツイッターも8万6千人のフォロワーがいます。フォロワーの方々と政治の話をしますか?
しょっちゅうしますよ。政治も宗教も。タブーなんてないです。外国の人も、まともな人は政治や宗教の話は大好きですよ。
出口治明三重県生まれ。日本生命保険相互会社を経て、2008年、ライフネット生命保険を開業。ビジネス書のほか「仕事に効く 教養としての『世界史』」(祥伝社)「『全世界史』講義」(新潮社、全2冊)など歴史に関する著書も多数出版。ツイッターは(@p_hal)。
――今回の選挙を、どう見ていますか。
今回の選挙はどうかという前に、そもそも選挙って何ですかという話をおさえるべきだと思います。
選挙には、万国共通の三つの原則があります。
まずひとつめ。あなたは、食堂に行って、千円札を出して、「なんでもええから食べもの出して」って言います? 普通の人は、カレーライスとかラーメンとか、好きなものを注文しますよね。
またはデパートに行って、1万円を出して「何でもいいから服を売って」って言います? 好きなワンピースとか、好きなシャツを買いたいですよね。自分のお金を使うんやったら、自分で使い道を決めたいですよね。選挙ってなんやっていうと、自分で出したお金を、こういうふうに使いたいと意思表示することなんです。
――そういえば、「自分たちで出した金の使い道を自分たちで決める」という意識が薄いかもしれません。
調べてみたら、日本の市民は平均的に、収入の4割くらいを税金と社会保険料に払っているんです。そんなに払っているのに、なんで使い道に文句言わへんのや。人任せにしてんのや。おかしいやんか。選挙に行かない人には、「食堂に行って千円出して、何でもいいから出してと言ってるのか。おかしいやろ」と言ってあげたらいいと思います。
――はい。わかりやすいです。
ふたつめ。「ろくな候補者がいない」とか「ろくな政党がない」からアホらしくて選挙に行かないっていう考え方をよく聞きます。無意識の前提として、「選挙に出る人は立派な人に決まっている」とか、「政党はまともなもの」と考えているからそういう意見が出るんですが、それって人類史上ありえない幻想なんですよ。
――うわあ、断言ですね(笑)。「人類5千年史」を書いた方に言われると爽快です。
イギリスの政治家ウィンストン・チャーチルは「選挙に出るやつはみんなろくでなし。変なやつばっかり。自分も含めて」と言っています。もてたいとか、金もうけしたいとか、目立ちたがりやとかね。
「そんなとんでもない人たちの中から、誰に税金を分けてもらったら相対的にマシかという消去法の『忍耐』を選挙と呼ぶ。だから民主主義は最低なんだ。ただし、過去に試みられてきた王政や貴族制など他のあらゆる政治形態を除いては」と続けています。チャーチルが100年前に言ったことに尽きるんです。
――「期待」がそもそもおかしいと……。
人間の脳みそは、脳研究者の池谷裕二先生のお話では、ポンコツなんです。最高の脳研究者が、「脳はポンコツや」って言っているんですから(笑)、政治家も僕らもポンコツなんや。
――政治家というより、人間はみんな「そういうもの」と考えればラクかもしれません。
選挙の原則の三つ目は、ロンドンで教えてもらいました。ロンドンの人って賭けが好きで、選挙でも賭けをやっているんですね。選挙って必ず事前予想が出るじゃないですか。もし自分がその通りでいいと思ったら、選択肢は三つある。勝つと予想されている人の名前を書くか、白票を出すか、棄権をするか。結果はすべて一緒です。
もし、事前予想が嫌だなと思ったら、方法はひとつしかあらへん。投票に行って違う人の名前を書くしかない。
――簡単ですね。
この3原則が、選挙とはどういうものかという基本です。どんなひどい争いになろうと、これは変わりません。1点目は、格好良く言うと、「市民が政府をつくる」という原則です。2点目は、民主主義の本質。3点目は、選挙の技術、スキルです。
――ただ、いざ投票しようにも誰を選べばいいのかわからないという人は多いです。
それは簡単。選挙って結局、「誰に税金を分けてもらうか」ですが、候補になる人ってだいたい3人くらいじゃないですか。たとえば3人の家に下宿すると考えてみましょう。誰の顔なら毎日見ていても相対的に耐えられるかと考えたら、選べるんじゃないかと思います。
――え、そんな感じでいいのでしょうか。
チャーチルいわく「困った人の中から選ぶしかないという忍耐が選挙」ですから。選挙区ごとに状況が違いますけど、事前予想が嫌なときは、この2~3人の顔を思い浮かべて、誰のもとにいたらまだ生きていきやすいかと考えるだけでええんやないですかね。下宿の大家さん説。それでも行かないよりはるかにマシだと思いますよ。意思表示するということが大事です。
――選挙は大事なことだから、真面目に考えないとダメだ、という圧力があります。
それはメディアのせいですよ。中学高校時代の生徒会長選びって、そんなに真面目にやってました? 「あいつ落としたろ」とか、適当だったでしょ(笑)。生真面目でなくていいと思います。それより、さきほどの3原則という市民社会の大原則をみんなが意識することの方がはるかに大事やと思う。選挙に行くということは、オムライスを食べたいって言うことやでと。何も注文しないというのは、おかしいことなんやでと。
――それって、選挙以外の暮らしでも同じ「おかしいこと」をやっているかもしれない、というですよね。
そうなんです。
――特に若い人に多いようですが、「自分ごときが投票して国に影響を与えていいのか」「政治に詳しくないから投票しちゃいけないんじゃないのか」と尻込みする人たちもいます。
「分かっている人」なんてどこにおるの(笑)。みんなチョボチョボやで(笑)。
そもそも民主主義って、素人がリーダーを選ぶということなんです。もちろん、知らないとだまされますよ。
でも、なんで民主主義がいまも残り続けているのか。少人数の人を長くだますことはできる。カルトみたいに。また、大人数の人をちょっとの間だますことはできる。ナチスみたいに。でも大多数の人を長い間だますことはできないから、素人に選ばせた方がええんやというのが、民主主義の原理原則なんです。
――「大多数を長くだませない」のが歴史的に証明されているということですか?
そうです。経験則です。時間がたつと、みんな「あれ、おかしいぞ」と気付くんです。だから、選挙って難しいことじゃないんです。「選挙ってこんなもんやで」というのをメディアが報道すればいいのに、メディアって逆の報じ方をしますよね。
――選挙報道は、どうしても難しい内容になりがちですね。争点とか、政策比較とか。または政局。
争点なんてないですよ(笑)。もっともらしい争点はつくれますけど、そんなの要は権力者の殴り合いじゃないですか。小選挙区制なんで、「俺が税金を分けたい」「いや私が分けたい」って言うのが基本です。
もちろん政策を見て選ぶべきだと思いますが、それ以前に、まずは選挙の三つの原則を理解させることが大事だと思います。その努力を放棄して、政局とか政策とか言うから、余計難しくなるのとちがいますか。
――なるほど。
あと、日本の選挙が世界の選挙と何が違っているかを指摘しておきたい。めちゃ簡単に言うと投票率が低いことです。欧米と比べても低い。低かったらどうなります?
――ええっと。一部の人の意見しか反映されない?
新しい血が入らない。投票率が低いということは、大政党に所属するか、看板・地盤・後援会がある人しか通らないということ。政治の世界に新規参入が起こらなくなるんです。
いま世襲議員が増えているでしょう。政治が世襲されていって、新しい血が入らないということは、ダイバーシティーの真逆になるんです。
――たしかに。
わかりやすい例をあげましょう。いま国民の喫煙率って2割以下でしょ? 国会の先生方は6割ですよ。投票率が低くて、世襲議員ばかりで新しい血が入らないから、政治がよどんでいくんです。
――私たち自身が、政治をよどませているということですね。
そうです。メディアは構造問題を指摘するのが本質だと思っています。万国共通の選挙3原則をきちんと伝えること。日本は他の国と比べて投票率が低いこと。そして投票率が低いことがなにをもたらすか。これらをきちんと書いてほしいですね。(聞き手・原田朱美)
◇
三重県生まれ。日本生命保険相互会社を経て、2008年、ライフネット生命保険を開業。ビジネス書のほか「仕事に効く 教養としての『世界史』」(祥伝社)「『全世界史』講義」(新潮社、全2冊)など歴史に関する著書も多数出版。ツイッターは(@p_hal)。