湯船につかりながら歌を考える参加者ら=大阪府池田市石橋1丁目の平和温泉
婚活、オリジナル競技、マジック――。各地の銭湯がユニークなイベントで、新たな客層の開拓に挑んでいる。ライフスタイルの変化や後継者不足で、大阪でも利用者は減少の一途。「人と出会い、心も体もぽかぽか」になる銭湯文化を守ることができるか。
「手をつなぐ 暑いと何度も 払うけど 何度だって つかまえてほしい」
「記念日に 僕が贈ったイヤリング ここぞというとき 風にたなびく」
ある夜、浴室の壁の向こうから31文字が届くたびに歓声が響いた。大阪府池田市石橋1丁目の平和温泉。男女が恋の歌を詠み合う「歌垣(うたがき)」を湯船につかって壁越しに行う婚活イベント「歌垣風呂」だ。顔や名前、年齢などは何も知らない状態で歌からにじむ人柄や声を頼りに相手を探す。
この日は20~40代の男女13人が参加した。壁越しに2首詠み終え、気になる相手の番号を発表すると、2組のカップルが成立した。きっかけづくりが目的だが、「せっかくの縁なので一度くらいはデートに行ってみて」と主催者。
歌垣風呂の仕掛け人は、歴史好きのイベントプロデューサー陸奥賢(むつさとし)さん(39)=大阪市西成区。歌垣はアジア各地に古代から伝わる男女の求愛の行事で、万葉集にも登場する。陸奥さんは知人の銭湯経営者が若者の集客に悩んでいることを知り、「男湯と女湯の仕切りがあるからこそできる」と、この伝統行事の活用を思いついた。2015年以降、大阪や京都、滋賀などの銭湯で8回開催したという。
神戸市の会社員戸津武史さんは3回目で初めてカップルに。「歌垣風呂がきっかけで銭湯がやみつきになり、今ではよく通っています」と笑う。
朝日温泉(大阪市住吉区南住吉3丁目)と昭和湯(同市東淀川区淡路4丁目)では昨年6月から、風呂おけや湯船を活用したオリジナル競技で争う「オフロンピック」を開催している。種目は、風呂おけを滑らせて高得点を狙う「桶(おけ)カーリング」や風呂おけをどれだけ高く積めるかを競う「桶タワー積み」など。幅広い世代から好評で、初めて銭湯に来た子どももいる。
「一度来れば銭湯の魅力がわかってもらえる」と、朝日温泉の3代目・田丸正高さん(36)が発案した。目標はオフロンピックを全国の銭湯に広めること。10月末には熊本で開催した。
巣本温泉(大阪府門真市巣本町)の2代目・鈴木淳司さん(46)が番台で披露するのは、特技のマジックだ。独学だが、レパートリーは100種類以上。「ちょっとしたことで笑顔が生まれる。銭湯は地域の絆を生み、強められる場所」。ペットショップを経営していたが、5年ほど前、体調を崩した父の後を継いだ。
ただ客の大半は高齢者。地域の子どもらを呼び込もうと、今夏は流しそうめん大会を開催。用意した100束はあっという間になくなった。「今は待っていても客は来ない。イベントを通じ、銭湯から情報発信していかないと」(藤波優)
大阪では10年で4割減
厚生労働省によると、公衆浴場法に基づき、日常生活で保健衛生上必要な銭湯などの施設は「一般公衆浴場」、保養や休養目的の健康ランドやスーパー銭湯、スポーツ施設の浴場などは「その他の公衆浴場」に分類される。一般公衆浴場は、多くが銭湯だ。
銭湯は各地で減少している。同省がまとめた2016年度末の統計によると、大阪府内の一般公衆浴場は都道府県別では最も多い624軒だが、07年度末(1030軒)に比べて4割減った。風呂付きの住宅がすでに普及したのに加え、シャワーのみで済ませる人や人前で裸になるのを嫌がる人が増えたことが原因とされる。
府公衆浴場組合では、新たな客を取り込もうとしている。訪日外国人客向けに英語で銭湯の入り方のマナーを説明した冊子を作成し、加盟の施設に配布した。また一般ランナー向けのサービスとして、着替えや貴重品を預かることも始めたという。