平昌パラリンピックを笑顔で振り返る新田佳浩=19日午後、東京都千代田区、遠藤啓生撮影
平昌(ピョンチャン)パラリンピックに6大会連続で出場した「レジェンド」で、ノルディックスキー男子の距離10キロクラシカル立位で金メダルを獲得した新田佳浩(37)の基礎を築いた元指導者がいる。岡山県の小学校教諭だった宮崎薫さん(65)。「いまだに世界のトップで頑張れるのはすごい。ここまでよく頑張ったと褒めてあげたい」
新田の出身地・岡山県西粟倉村は県北東部の県境にあり、人口は1500人ほど。面積の約95%が森林で、冬は雪に覆われる。村のスポーツ少年団では冬にスキーが行われ、新田は小学3年の時に始めた。
「負けん気が強くて、くじけない子」。中学2年までスキー距離を教えた新田の少年時代について、宮崎さんはそう振り返る。
宮崎さんにとって、障害のある子供の指導は初めて。最初の頃はできるだけそばを離れずに教えていたが、ある日、新田のブーツの靴ひもを結ぶと、「ありがとう。じゃけど、これは僕もできる」と言われた。「あまり手を出さない方がいい」と気づき、特別扱いをやめた。
新田が中学生の時には、ローラースキーで3キロの山登りを4セット課した。厳しい練習にも弱音を吐かず、仲間5人で競い合っていたという。「チームメートも県内のトップ選手。ライバルが目の前にいる環境がさらに新田を強くしたのではないか」
新田が初めてパラリンピックに参加した1998年長野大会は現地で観戦した。「たくましく見えた」と成長した教え子の姿に感激した。あれから20年。今回は村であったパブリックビューイングで見守った。「年齢的に無理がきかないのでは」と心配したが、2大会ぶりの金メダルに思わず涙が出たという。「良い走りをしていた。まだ続けられる雰囲気もあった」。故郷での再会を心待ちにしている。(大坂尚子)