タイ政治をめぐる構図
軍事政権が続くタイで1日、来年2月までに実施するとしている総選挙に向けて、政党活動の前提となる既成政党の党員再登録が始まった。新党の登録申請も3月から始まっており、クーデターから4年近くを経て、ようやく政党が動き始めた形だ。だが、政治活動の禁止は続いているうえ、総選挙の実施時期もなお予断を許さない情勢だ。
クーデター前に野党第1党だった民主党。バンコクの党本部には、1日朝からアピシット元首相ら幹部や一般の党員が次々に再登録の手続きに訪れた。アピシット氏は「独裁的なシステムと戦い、民主主義を守らなければならない」と訴えた。クーデターで政権を覆されたタクシン元首相派のタイ貢献党は2日から再登録を始め、4日に幹部らが党本部に集うという。
軍、政党弱体化の思惑?
軍政はクーデターの直後に政治活動を禁止し、政党は身動きが取れない状態が続いていた。党員の再登録は、総選挙に向けて軍政が求めた措置で、30日以内に終えなければならない。既成政党からは「期間内にすべてを終えるのは困難。既成政党の党員数を減らし、弱体化させる意図では」との不満がくすぶる。
政治活動の禁止自体も解けておらず、政党は政策の準備もままならない。軍政幹部は先月末、6月にも禁止が解かれるとの見通しを示したが、懐疑的な声も根強い。
一方、新政党の登録申請は3月2日に始まり、同月末時点で97の政党が申請した。注目を集めているのは「親軍」政党だ。パイブーン元上院議員が率いる政党は、軍政のプラユット暫定首相が総選挙後も首相に就くべきだと公言する。
このほか、元軍人や元軍幹部の家族らがかかわる複数の政党も登録申請を済ませた。プラユット氏支持を明言はしないものの、否定もしていない。
軍政の暫定首相、再登板の可能性
プラユット氏の再登板が語られるのは、昨年4月に施行された新憲法が、議員以外の首相就任への道を開いているからだ。各政党が選挙前に首相候補3人までを公表し、その中から下院が選ぶ方式だが、下院が選出できない場合、上下両院の3分の2以上の賛成で政党の候補者リスト以外から選ぶことができる。
軍政は新憲法で選挙制度も変えた。定数500の下院は小選挙区(350議席)と比例代表(150議席)の組み合わせだが、特定の政党が大勝しにくい仕組みになった。上院は最初の5年は定数を200から250に増やし、全員を実質的に軍政が任命する。「タクシン派の政党が再び権力を握るのを防ぎ、軍が影響力を維持するため」(外交筋)で、プラユット氏の再登板も可能とみられている。
選挙時期、また先送りの心配も
総選挙の実施時期も大きな焦点だ。軍政は先送りを繰り返しており、来年2月までにというプラユット氏の発言も「信用できない」として、活動家や市民らが街頭デモなどで早期の実施を迫っている。
ただ、軍政側は今のところこうした運動を静観する構えだ。参加人数が少ないためとみられるが、軍政幹部は「騒乱が続くなか、選挙はスムーズにできるのか」と、今後の広がりによっては選挙の時期にも影響すると牽制(けんせい)。政治学者の一人は「軍政は、結果に確信が持てるまでは総選挙はやらないのではないか。さらなる延期の可能性はある」と指摘する。(バンコク=貝瀬秋彦)