トンカツを盛りつける金子友則さん=2018年5月13日、奈良市神殿町、高橋杏璃撮影
奈良市神殿(こどの)町のトンカツ店「まるかつ」の壁に、「無料食堂のお知らせ」が今月、貼り出された。「お金がなくて、おなかがすいていたら、相談してほしい。無料提供も考えます」との思いで店長が書いた。「困った時のために覚えておいてください」と話している。
日曜日の昼下がりに店を訪れると、テーブル席のほとんどは家族連れで埋まっていた。キッチンでは、店長の金子友則さん(41)が真剣な表情でトンカツを盛りつけていた。
無料食堂の理由を聞くと、「100人来て99人にだまされても、1人の本当に困っている人を救えるならいいのかなと思って始めました」。
きっかけは、2年ほど前に受けた一本の電話。「ほんまにお金、ないんです」。声の主は、何度か家族連れで来た男性客だった。来店時に改めて聞くと、男性は「病気がちで働けず、生活苦に陥った。妻と子が出ていった」と語った。
「月末には生活保護のお金が入るので、それまで食べさせてもらえませんか」。その1度だけ、トンカツをごちそうした。
以来、来店のたびに相談に乗った。最初の1度を除き、男性はきちんと支払ってくれた。今年、久しぶりに男性が来店した。「子どもと一緒に暮らせそうだ」と明るい表情を見せた。
ほかにも「お金がないが、食べさせてもらえないか」と電話を受けたことがある。飲食店としてできることを考えて、5月4日、A4用紙で無料食堂の貼り紙をした。
「もしどうしても、お腹(なか)がすいても、お家にお金がないときやお子さんにおいしいものをお腹いっぱい食べさせてあげたいのにご事情があってむずかしいときなどはコソっと店長に相談してください――」
ツイッターで投稿すると、ひっそりと始めるつもりが、2万件を超える「いいね」が寄せられた。
事情がある相手とはいえ、無料で料理を提供する試みが正しいのか今もわからない。「『こっちはお金を払っているのに』とほかのお客さんに言われたら、謝るしかないです」
告知から2週間ほどたち、数人が利用した。金子さんは「ない方がいいんですけどね、こういうのは」と思いつつ、「いつか困った時のために頭の片隅で覚えておいてもらえれば」と考えている。
元日を除き年中無休。午前11時~午後11時(午後3~5時休み。ラストオーダー午後10時45分)。問い合わせは同店(0742・81・4568)。(高橋杏璃)