娯楽・メディア業界の大手、米ウォルト・ディズニーが、ライバルの２１世紀フォックスを取り込もうとしている。ここ最近の動画配信サービスの台頭で、最強ブランドのディズニーですら「追う側」に甘んじていた。再び主役の座を取り戻そうという試みだが、暗雲も垂れこめている。

木や花があやしい光を放つ森をボートで探検――。米フロリダ州のテーマパーク「ディズニー・アニマルキングダム」に２０１７年、ＳＦ映画「アバター」の世界を体験できるゾーンができた。週末に訪れるとアトラクションの待ち時間はどれも１４０分以上。「これほど精巧に作品の世界観を再現できるディズニーはさすが。（フォックスが持つ）『Ｘ―ＭＥＮ』のアトラクションが、ここにできたら素晴らしい」。何度も通っているシンシア・イングラハムさん（６０）は興奮気味に話した。

アバターは、競合するフォックス傘下の映画スタジオ「２０世紀フォックス」が持つ看板コンテンツの一つ。この作品に限りディズニーがテーマパークに導入する契約を１１年に結んだ。

今後は、こんな「融合」が次々に生まれるかもしれない。１７年末、フォックスの映画やテレビなどの中核事業を、ディズニーが５２４億ドル（約５・８兆円）で丸ごと買い取ることで合意したからだ。

ただ、米映画市場で両社のシェアは計４割になり、「ディズニー帝国」の肥大化が恐れられてもいる。ディズニーは、売り上げの分配や最低上映期間をめぐり強気な条件で知られるだけに、劇場側は身構える。

作品数を絞り、ヒット確実な大作が中心のディズニーに対し、フォックスは多作で、アート系の「ＦＯＸサーチライト」も抱える。フロリダ州ジャクソンビルで創業９０年の映画館を営むティム・マセットさん（４７）は「『ブルックリン』『スリー・ビルボード』のような味わいある作品が減らないか」と心配する。

「上流」にあたる制作側からも「独占的な支配力で、クリエーターを犠牲にして稼いできた２社が統合すれば、事態はより悪くなる」（西部全米脚本家組合）と懸念が漏れる。

とはいえ、ディズニーの視線の先にあるのは、もはや映画業界内での競争ではない。新たなライバル、動画配信サービスとの直接対決だ。先頭を走る米ネットフリックスと米アマゾンは有料会員数がともに１億人超。プラットフォームを握り、豊富なカネを注いで独自作品にも磨きをかける。

ディズニーの株価は１５年までの６年間で７倍以上になった。傘下のスタジオでアニメの「ピクサー」や、ヒーローものの「マーベル」、「スター・ウォーズ」の「ルーカスフィルム」などがヒットを重ねてきた。しかし、この数年間は株価が低迷する。作品を消費者に届けるケーブルテレビ事業が落ち目だからだ。５月には時価総額で初めてネットフリックスに抜かれてしまった。

巻き返しの柱は、１９年に始める独自の動画配信サービスだ。フォックスのコンテンツを取り込む一方、ネットフリックスに出している自社作品は引き揚げる。米アナリストのダニエル・アイブズ氏は「コンテンツの王者ディズニーとフォックスによる帝国は、ネットフリックスに対抗できる唯一の存在だ」と話す。

ただ、買収は一筋縄ではいかない。関門の一つは独禁法の審査だ。米通信大手ＡＴ＆Ｔは、競合分野が少ない米娯楽大手タイム・ワーナーの買収に乗り出したが、米司法省が阻止に向け提訴した。米ジョージタウン大のラリー・ダウンズ氏は「ディズニーによる買収は重要な競争相手を市場から取り除く動きで、より厳格な審査が求められる」と言う。

さらに、強敵も名乗りを上げた。米ケーブルテレビ最大手コムキャストは５月、フォックス買収を検討していると正式に認めた。ディズニーを上回る金額を提示するという。「今後数十年のメディアの風景を決める、一か八かの勝負」（アイブズ氏）が迫る。（米フロリダ州＝江渕崇）